チケット



発表会のちらしとチケットが手元に届く。
(実はかなり前なのだが‥ いろいろあったので‥ )

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友人に恐る恐る連絡を入れる。
仕事で忙しい中、2人、来てくれるという。

今年は、招待しようと思っていた人があったので
早くからの連絡はとっていなかった。
だが、諸般の事情により、みな不都合になり
1か月を切った今頃のお伺いになった。

出演者の数も11人と多くなったし
会場はそれほどキャパのないライブハウスだし
今回は夫と息子だけでいいや、と思っていたのだが
先日、先生とお茶していて
「お友達も呼ばなくっちゃ」、と。

私としては、全員でどれほどの招待客を予定しているのか見えないので
削っておいた方が無難かな、と思っていたのだ。

初めての発表会の時
生まれて初めて、ちらしとチケットを目にして
私たちの歌が、
こんな厚手のツルツルの色鮮やかなチラシになり
\1000 と記されたチケットになり
気恥かしくて、これでいいのか?!と思って
穴があったら入りたい気持ちになった。

3回目になると、少しは慣れたが
それでもやはり、面映ゆい。

午後からの会で、
飲み物と、ケーキorおつまみ が出て1000円のチケット

歌に何の興味もない友人を招待するのに
「お茶でも飲んで、ケーキでも食べて」と言うのには好都合。
イスだけが舞台の方を向いて並んでいて
いかにも、聴きに来ました、という会場でなくて
私は気が楽だ。
久しぶりに顔を合わす友人同士が
お茶をのんでおしゃべりをして、
そのついでに、私の歌も聴いてもらう。
このくらいでいい、と思っている。


さて、今回は、新技の装備品を購入した(笑)

何と!付け爪!!

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私は爪はいつも短くしている。
少し伸びただけで、あちこちあたって気になってしまう。
もちろんネイルなど、していない(自慢か?!)

発表会の直前に少し伸ばしてみたりしたけれど
やっぱり気に入らない。
短い爪にネイルは映えないし‥
ということで、ネットであれこれ探して
ワンタッチでくっつきま~す
というのを見つけたのだ。

到着して開いて見て、げげげっ!!

‥つけないかもしれない‥   (笑)


何と言うか、この、発表会のおかげで
一生目にすることがなかったはずのものを身近にしたり
着たり、付けたり、できるようになった。

まだまだバージョンアップするのだろうか‥


学芸会だ!と面白がっていたが
だんだん、仮装行列のようになっていきそうで、怖い。
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by sararaM | 2009-06-25 09:59 | 石の上にも‥ 3回目 | Comments(10)

「哀しみのソレアード」



この前、北岡樹さんのコンサートでラストに聴いた曲。

確かずっと前に訳詞を読んだことがあるような気がする。
その時は、別れる相手に未練がいっぱい、というような感じしか受けなくて
それ以上に興味を持てなかった曲だ。(山川啓介さんの訳詞)

今回、歌われる前に話されたこと。

今まであまり歌ってこなかった曲だったけれど
前に地元でコンサートをしたときに、高齢のご夫婦からリクエストをされた。
たぶんご主人が癌か何かだったのだと、思う。
それ以来、それまでと違った感覚で歌うようになった。

これを聞いて以来、私のこの曲に対する光景が一変した。

そうか‥ そういう光景も、アリ、なんだ‥


そして、この曲に寄り添うことができる気がした。


曲は訳詞で全く変わってしまうけれど
1つの訳詞であっても、そこにどのような光景を見るかで
歌の持つ意味が変わってしまうんだなと思った。


 もうすぐ終わるのね 二人の砂時計
 さよならの足音が 背中に聞こえるわ

 あなたのぬくもりを くださいもう一度
 このこころこの肌で 覚えておきたいの

 ひとりで生きて行く 明日はつらいけど
 倒れずに行けるでしょう 想い出がある限り


 さびしい人生に ひかりをくれたひと
 今はただ言いましょう この愛をありがとう

 今はただ言いましょう この愛を ありがとう




調べてみると、原曲はイタリアのグループによるインストルメンタル
世界各国で独自の詞がつけられて歌われているらしいが
有名なのはアメリカでクリスマスソングになっているもの、らしい。
「What A Child Born」

また、メロディが「千の風になって」に似ているという評判もあるという。
「千の風~」はアメリカでできた曲だから
アメリカでのソレアードに影響を受けた可能性もあるのかもしれない。
そして日本へやってきて訳詞をつけられ
人々に特別な気持ちで歌われたり聴かれたりしている?

音楽って、不思議なものだなあ。



「哀しみのソレアード」、今私が聴いているのは白木ゆう子さんのCD。

機会があれば、きちんと練習したい。



‥‥‥‥‥‥

訂正

知り合いの歌い手さんから
「 もうすぐ 終わるのね~ 」は、
山川さんの訳詞ではなく作者不詳なのだとご指摘をいただいた。

山川さんは、アメリカのクリスマスソングを訳詞された方だとのこと。

こちらも、とてもいい詞なので、一部だけ。



 子供は新しい 光をつれて来る
 青空に虹をかけ 夜空に星を生む

 ‥途中略

 「私たちは待っている。すばらしい子供たちを。
  白い肌、黒い肌、黄色い肌、
  みんな同じ、未来からの天使たちを。

未来に希望をつなぐ、素敵な歌詞だ。


ありがとうございました。ご指摘に感謝します。
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by sararaM | 2009-06-22 08:01 | シャンソン | Comments(22)

練習していなくてもレッスンはやってくる


金曜日はクラス単位のレッスンの最終回だった。

息子が木曜日の夕方に退院したので
レッスンには無事に参加できたのだが‥
さすがに入院直後から落ち着くまでは練習ができなかった。

ちょうど、「♪ 愛を残して~ 去りゆく 哀しさ~」の半音を練習していたさなかだった。

ああああ~ で歌うと何とか音がとれても、歌詞をつけるとダメになる。
歌詞でなんとかいけるようになって、さて、伴奏で歌うとまったく違う音になる‥
そんなあたりで止まってしまっていて、
息子が食事を摂れるようになった頃から、またあわてて練習再開。

だけど、間に合わず。

自分が出しやすい音に勝手に変わったまま歌ってしまった。

もうこのあたりになると、先生は歌に関しては何も言われない。
ジタバタさせるより、自信を持って歌う、という方向をめざすため‥かな?
「ひまわり」と「人生は美しい」を続けて歌う。
2曲ともに、ステージ袖から出てくるところからの注意。
歌っている時の視線や、手の位置、振り etc. そんなところへ移る。

「ひまわり」も、コテコテに歌っていい、と言われながら
まだ、音の伸ばし方や、半音の音程に気を取られながらの歌なので
情感を思いっきり込めるところまで行きつかない。

次回の2クラス合同でのリハーサルを目標に練習しよう。


前回、暗譜ができてなくて、絶対次回までには覚えてくる!
と、言っていた人は、親しい人に「できたよ!!」と電話をかけてきたらしい。

ところが、歌ってみるとあちこちみごとに歌詞が飛ぶ。

本人は無茶苦茶ショックで悔しかったみたいだ。
周囲はみんなで
「まだ、練習がたらん、っていうことや」などと。
応援しつつ、心配でお尻も叩き、というところ。

どれほど練習していても、ふっと真っ白になることはあると思うが
練習が足りなければ、飛ぶ可能性は高いはず。
手を替え品を替え、練習するしかない、のだろうと思う。


ドレスを着てみたり、靴を履いたり、アクセサリーをつけてみたり。
そんなことも試しておこう。
持って行くものもそろえておこう。
だって、何が起こるかわからない。
息子の件が直前でなくてよかった!と思う。


息子もこのまま調子が落ち着けば、私の発表会には来れるだろう。
何といっても、専属のカメラマンなのだから(笑)
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by sararaM | 2009-06-21 11:01 | 石の上にも‥ 3回目 | Comments(0)

悪夢 再び



息子が入院した。

昨夜11時ころ、胃のあたりが重く痛い、と。
2年前の痛みの始まりに近いような気がする、と。

2年前の夏
息子は真夜中強烈な胃痛・腹痛に七転八倒して
救急車で運ばれ、そのまま、緊急手術をした。
消化管穿孔による腹膜炎、という診断だった。
縦に20㎝くらいの開腹あとは今も生々しく残っている。

あの時も夜中。
私の寝室のドアまでたどり着くのに1時間もかかって。

とりあえず、携帯を枕元に置いて寝る。
朝になったら、けろっとしていることを願いながら。

しかし。
枕もとの携帯は鳴った。
眠りについて2時間半くらいたった3時ころ。

2年前ほど切迫した様子ではなかったが
私が起きて様子をみた短時間のうちに、痛みは増していった。
前に手術をした病院に電話。
夜間救急外来がある。

家を出るころには嘔吐が始まっていた。
4時前に到着。
診察を待つ間にも痛みは強くなるようす。

診察。
CT・採血。

結果を待つ。

CTの画像から、穿孔はないという。
ああ‥ よかった‥
と、安堵の気持ちが広がろうとするとき、次の言葉。
小腸内に、腸液がたまっています。
腸閉塞、ですね。
とりあえず入院して絶飲食で様子を見ましょう。

‥ち・ょ・う・へ・い・そ・く‥


朝6時ころ、病室へ運ばれる。

点滴でやや落ち着いている感じ。

しかし、痛みどめの点滴が切れた9時以降
激しい痛み、嘔吐、痛みどめの注射
とろとろ眠る
痛みで起きる、嘔吐、注射
の繰り返し。
脂汗を流し、嘔吐する。

私にできることは、そばにいて汗を拭く、その程度。


まだ、症状がどう転ぶかはわからない。
このまま落ち着いてくれるのか。

それとももっと重篤な症状が出て
また、開腹手術なのか‥


夜、後ろ髪を引かれる思いで帰って来た。
今夜は果てしなく長い夜に違いない。

誰のベッドサイドでもつらいに違いないが
子どもが苦痛に耐えかねる姿を見るのは、身を切られるように、つらい。
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by sararaM | 2009-06-13 22:02 | 日常 | Comments(9)

歌を聴きに



午後、コンサートに行って来た。

地元にかなり以前からある「ポピュラーを唄う会」というグループが
講師に招いているシャンソン歌手、北岡樹さんのコンサートを地元で、と。
地域の市民会館の多目的ホールという小さめの会場。
手作りコンサート、といった趣。

北岡樹さんは、一度は生で聴いてみたいと思っていた方。
パワフルな歌い手さん。
CDに「人生は美しい」の曲も入っていて
参考に聴かせてもらったことがある。

チャリティや、虐待児支援のコンサートなどもされていて
毎年ペルーまでチャリティーのためのコンサートに出かけられている。

先日、HPをあれこれ見ていて、見つけた。
平日の昼間だから、これを逃す手はない、と。

うちからは駅前までバスで出て、そこから3駅。
それでもニュータウンでは十分、地元(笑)
大阪市内へ出ることを考えれば近いことこの上もない。


開場の15分前くらいに着いたが
多くの人がわやわやといて、もう整理券をもらっていた。

偶然に同じ教室のお友達ふたりと出会う。
3人で前から2番目の席に着く。


曲目はほとんどリクエストから、とのこと。
シャンソン、カンツォーネ、タンゴ、ポピュラー、オリジナルと実に様々。


1部

街に歌が流れていた
異邦人
ハナミズキ
百万本のバラ
ぶたないで
夜のプラットホーム
ラ・クンパルシータ
白いブランコ



ピアノソロ はじめからいままで

2部

セ・フィニ
愛と悲しみの行方
リバーサイドホテル
ヨイトマケの歌
見えない糸
灰色の瞳
抱きしめて
愛の讃歌
哀しみのソレアード


温かみのあるパワフルな声だった。
ちゃんと心に届いてくる。
どの歌にも、そこに生きている人が感じられた。

きれいな声でお上手だと思っても、心に何も届かない人もいる。
(私の勝手な捉え方かもしれないが)

「ぶたないで」はオリジナル
虐待される子どもの立場からの、歌。
これは単独のCDになっていて、チャリティーで販売されているらしい。

「ヨイトマケの歌」、は
地元で歌わせてもらうので、かなり我儘な選曲もさせてもらいました
と、言われていた。

「愛の讃歌」のところには、プログラムでは「川の流れのように」が入っていたが
改めてその場でリクエストをとられた。
バラバラといろんな曲名が上がる中で
スタンダードな「愛の讃歌」になったようだ。


何曲かはピアニスト田中浩之さんのハモリが入ったり
デュエットもあったりした。
こういうのを聴くのは初めて。

2時半から始まって5時まで、たっぷり聴かせてもらった。

こんなふうに一人の歌い手さんの歌をじっくり聴くのもいいな、と思った。
(自分と相性がいい場合だけれどね)




途中のピアノソロ「はじめからいままで」は
言わずと知れた「冬ソナ」主題歌。
とても美しい曲で、聴いているだけで様々なシーンがよみがえったり、した(笑)



ちょっと出て行くと帰りには膝が痛む。
軟弱だあ‥
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by sararaM | 2009-06-12 00:27 | シャンソン | Comments(2)

「愚図」


この間初カラオケで歌った曲をみながら
私の記憶に残っている曲はなんなんだろう、と思った。

音楽に縁がなく、歌も好きでもなかった。

それでも、1曲まるごと残っている歌がいくつかある。

この歌を覚えている私は、あのときのこんな気持ちの私‥
そんな形で、残っている。


あのころ研ナオコの曲は流行っていたけれど
私に残っているのは
「かもめはかもめ」ではなくて「愚図」

好きな人が一心に思っている女の子のことを話すのを
うんうんと聞いている、自分に中性的な役割を課した私だった。

‥私は女の子やないんやから‥

それならせめて「人として」。


「愚図」 研ナオコ



「あの日にかえりたい」  荒井由美




今、シャンソンやカンツォーネを歌うようになって
曲を自分で選ぶとき、
やっぱり「気持ち」で選んでる。

自分の気持ちを代弁してくれる、そんな曲。

何でも、は歌えない。やっかいな私。


ま、私は、こんなもんだ。
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by sararaM | 2009-06-10 11:59 | シャンソン | Comments(8)

贈る歌



「人生は美しい」
昨秋、発表会で歌う曲を決めるとき
私は2人の方にこの曲を贈りたいと思って選んだ。

どちらも、昨年から癌と闘っておられる。
どちらも、完治は、ない。

そのひとりである友人の母上は急性リンパ性白血病。
年齢的に骨髄移植は難しく
放射線の全身照射と抗癌剤投与。
この治療の副作用はことのほか強く
癌細胞が負けるか、本人自身が負けるか、というようなものであるらしい。

クリーンルームに入っていると聞いたとき
お見舞いのうさちゃん人形とともに初夏の発表会のことを告げた。
寛解に近くなっていたら、聴きに来てください、と。

大きな治療を終え、年末に自宅へ。

そのあとは1か月ごとに交互に
治療と自宅療養を行う。
第3クールまで治療をして
ご本人の身体の方が悲鳴を上げてしまった。
それ以降、積極的治療は行わず
抗癌剤の副作用が身体から抜けるのを待ち
緩和療法に移っている。


春先に突然電話がかかってきた。
退院してやっと人と話せる状態になったので、と。

きっと、聴きに行くからね。と。

私はその言葉に再度、しっかり歌おうと決意をしたのだった。



そろそろチケットの送り先を考える時期になった。

週末に友人に母上の様子のお伺いメールを送ったのだが‥
今日返事が来た。

今は外へ出したくない。出せない。と。

3回にわたる抗癌剤の治療は、母上の体力を著しく奪い
最近はめまいや耳鳴り、痛みがあり横になっていることが多くなった、と。
母上は発表会のことを気にしている、とも。


そうか。そうだな。

治療の様子を聞いたとき、難しいかもしれないなと思ったけれど
でも、人の身体の不思議。
何が起こるかわからない。
楽しい約束はしておきたいと思ったのだ。
何か目標になることは、あったほうがいい、と思ったのだ。


お手紙を書かなくっちゃ、ね。

でも、何て、書こう。


 ♪ 怖れ、慄き、戦い、あの地獄を逃れ
   再び見る朝の新しい光よ


このフレーズを歌ったとき、闘病中の方が頭の中に浮かんだ。
苦しい闘病を越えて、新しい朝の光、を見てほしいと思った。


ライブハウスの場にはいなくても
やっぱり私は、おふたりを思って歌う。
命ある限り、新しい希望はある。
突然、どんな「明日」が開けるかはわからない。

だって、「人生は美しい」のだもの。
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by sararaM | 2009-06-08 12:45 | 石の上にも‥ 3回目 | Comments(4)

♪ 去りゆく~ 哀しさ~


この音を取れるようにしなくっちゃ
ということで、練習。

ICレコーダからPCに入れた音源の
この音の部分だけを繰り返して5回分、ICレコーダに録る。
ファイルを切ったりくっつけたりするソフトを持っていないので
単純にコードをつないで、手作業で5回続けて録音。
8分くらいになった。

そのICレコーダをポケットに入れ、
ヘッドフォンをつないで家事全般。
繰り返しにかからないので、ポケットの上から何度もボタンを押す(笑)

洗いものも洗濯場も、
とにかく、 ♪ 去りゆく~ 哀しさ~ (笑)

しばらく聴いていいると、一緒に声が出せるようになってくる。
次は、聴こえる音より少し先に声を出して、合っているか試す。
音声が切れた時に、自分で声を出してみる。
1回2回くらいはいけてるような気がするが
3回目くらいになると
ラの♭が危うくなってくるように感じる。
ラの♭が危うければ、次のソの音もおかしくなる。

で、また、ICレコーダを聴く。

こんな繰り返し。

ほとんど1日そんなことを繰り返していて
夕方、曲の初めから歌ってみる‥

‥あ・か・ん‥ (モロ大阪弁の感慨)

曲の中に入って伴奏がつくと、もう、ボロボロ(笑)

まあ、私のレベルがこんなものなのは自分でわかっているつもり。
だから、努力と回数で勝負してきた。

今回も、コツコツと繰り返そう。




難なく音を取れる人が、うらやましい。

けれど、
リズムが苦手な人は
ピアノを聴いて拍子を数えられる人がうらやましいし
リズムは何とかなってもリズムに乗れない人は
身体全体でリズムに乗れる人がうらやましくてしかたがない。

みな、自分の持たないものをうらやましいと思う。

高い声が出る人がうらやましい。
低い声で歌える人がうらやましい。
声量のある人がうらやましい。

でも。

ないものを嘆いてもしかたがない。
自分のできることを増やし、その時にできることで表現するしかないんだものね。
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by sararaM | 2009-06-07 09:55 | 石の上にも‥ 3回目 | Comments(2)

「ひまわり」の音


カレンダーの関係で今週もレッスン。

1週間しか空かないと、
直すべきところなど時間切れで十分でなかったり、する。
そう考えると、月に2回というのは適当な回数なのかもしれない。


曲順が決まった。

第1部

プロローグ
1  アリヴェデルチローマ
2  モンメック・ア・モア
3  待っていた男
4  マンマ
5  ある日愛の終わりが
6  我が若かりし頃
7  古きパリの岸辺に
8  シャンソン ある一人の歌い手がいた
9  ひまわり
10 愛はルフラン
11 急流

第2部

1  子どもの頃
2  人生は美しい
3  過ぎ去りし青春の日々
4  ローズ
5  小雨降る径
6  私を抱いて
7  歌い続けて
8  ミロール
9  パリ・ヴィオロン
10 ラ・ノヴィア
11 人生を唄う

今年はクラスが2つに分かれたこともあり
まだ聴いたことのない曲もある。
直前の合同レッスンが楽しみだ。

今までの2回は、私が司会もどきのナレーション?をやっていたが
今年はそれをなくしたので
途中に何人か、ご挨拶やミュージシャンの紹介
曲の紹介など、役割を担っている。
何番目の人、と決められたので私の仕事はナシ。
歌だけに専念できる。


さて、レッスン。
今日は「ひまわり」

だいたいのOKがでて喜んでいたら‥
一番強烈なパンチがきた!

♪ 去りゆく 哀しさ~

の、最後の4音。
これが何とも微妙な音で、うまくとれない私は、
実は今まで歌いやすいように歌っていた(笑)

そのままきていたので、流れとして許してもらえるのかと思っていた。

先生いわく
この音は「ひまわり」として絶対に譲れない音なんです。
だから、「ひまわり」は難しい。
とのこと。

ああ‥

やっぱり、この音はとらなくちゃいけないんだ。

ラ ・ ラの♭ ・ ソ ・ ファの♯

練習して叩き込むしかない。

一音ずつゆっくりとピアノの音を入れてもらう。
そのあと、先生の声で入れてもらう。


で、これができたら、と先生。
コテコテに歌っていい、と。

思いっきり感情を込めまくってもかまわない、というOKが出た。

私の歌は、あまりにものめり込み過ぎるところがあって
今までは、あまり感情に浸り過ぎないように、と言われていた。
それが今、かまわない、と。


歌うことにはいろいろな段階があるのだなあ、と改めて思う。
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by sararaM | 2009-06-06 10:39 | 石の上にも‥ 3回目 | Comments(0)

カラオケBOX初体験


シャンソンのお友達に誘ってもらって
火曜日にカラオケBOXの初体験(笑)

最寄駅まで車でお迎えにきてもらってでかける。


もともと歌に縁がなくて
カラオケも未体験。
シャンソン教室の初めての忘年会で
カラオケ喫茶みたいなところを2時間貸切で。
それくらいしか覚えがない。


今日のところはボーリング場に併設されている。

あっちキョロキョロ、こっちキョロキョロ。

いくつもドアが並んでいる。
その中の1つ。
6人くらいがゆったり座れるソファ。

暗い!(笑)
音が大きい!(笑)
煙草のにおいがキツイ!(笑)

興味津々で選曲用のコンパクトな画面を覗く。
検索は曲名だったり、歌手名だったり、いろいろ。
同じ曲でも、誰それバージョンがあり、生演奏バージョンがある。
メロディ付き伴奏と、本伴奏、みたいなものか。

発表曲「人生は美しい」は、金子由香里バージョンで見つかった。
ああ、でも、誰かさん用になってるのは歌いにくい。
「ひまわり」はどこにも見つからない。
探し方が慣れていないせいかな?

歌えるシャンソンを探す。
「百万本のバラ」は加藤登紀子バージョンにしたら歌詞が違う。
~信じてくれますか?~で、勝手に歌う。
そうしたら、繰り返しがない上に、最後の一番歌いたいところがなかった(笑)

今日は発表会の曲の練習のつもりで
ICレコーダに入れた伴奏を持参。
お友達はカセットテープを持参。
でも、ICレコーダをつなぐところが機械の裏側だと言われてしまった。
仕方なく、伴奏を1つのマイクで拾って
もう1つのマイクで歌う。
2面が鏡のミニステージもあったので
立ち姿を見て歌ったり。


でもこの際、何でも歌ってみよう、といろいろ。

マイ・メモリー
あの日に帰りたい
人形の家
私鉄沿線
津軽海峡冬景色は本邦初公開(笑)
研直ナオコの「愚図」でおしまい。

どれも古い歌であるのは間違いがない(笑)


4人で3時間と少し。
そのまま私の最寄駅まで戻って、遅めの昼食。
解散。

買い物をして夕方帰宅。
9時半ころ家を出て、たっぷり遊んできた。

慣れない自動車、慣れないカラオケBOXで、ややヘロヘロ~


カラオケというのは、あまり知らない曲など試してみるのにはいい、かな。
しかし、私が歌そのものをあまり知らない、というのは致命傷、かも。
友達が歌う知らない曲を聞くのも面白い。
今日はできなかったけれど、Keyをあれこれ動かして
合うところを探す、というのも、できそう。


ただ、私は、「歌うこと」を生のピアノ伴奏から始めてしまったので‥
やっぱり‥ 何か‥ ちょっと‥ 違う‥ という感じを持った。

もしかして、生ピアノの贅沢に慣れてしまってる?!


そんな風に感じた1日だった。
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by sararaM | 2009-06-04 12:04 | 石の上にも‥ 3回目 | Comments(2)