水に流して


今回の課題曲。

「人生を唄う」・「水に流して」

グループレッスンのメンバーのそれぞれのイメージで選曲、の続き。
先生に丸ごとお任せしてもいいし、
自分で、この曲を、と選んでもいい。

この「水に流して」は、個人が選んだもの。

この秋、エディット・ピアフの映画が上映されていて
ライブハウスなどでも、ピアフのオンパレードらしい。
メンバーの中でも半数以上の人がすでに映画を見ていて、
この方も映画の中で歌われていたこの曲が気に入ったらしい。

訳詩もいろいろあるらしく、聴かせてもらったCDと、もらった楽譜とで違っていた。
で、改めて、先生が生で歌ってくださった。

先生は歌われる前に必ず「マネしたら、あかんよ」と言われる(笑)
先生の歌は教科書仕様ではなくステージ仕様なので、
かなり個性的にアレンジされている。
でも、それがあまりにも魅力的なので
何曲かの課題曲があっても、先生が歌われた曲は人気が出てしまう(笑)
次のレッスンの時には、多くの人がその曲を重点的に練習していたりするのだ。

課題曲が1レッスンで1曲なら、それを練習するしかないが
2曲3曲あると、練習にも軽重がでてくる。
合う合わない。好き嫌い。
CDで聴かせてもらって、気に入った曲が優先されてしまう。

そんなことで、今回は「水に流して」が、人気曲になるかな?

でも、たまに、
あまりに先生の歌がすごくて、
これはどう頑張っても自分たちでは歌えない、と思うときもあるのだけれど。
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by sararaM | 2007-10-28 10:50 | シャンソン | Comments(2)

歌えます


今週2回目の「街へおでかけ」。 めったにないことだけど(笑)

大阪市を縦断して、北部にあるライブハウスへ。
2ヶ月に1度の「追っかけ」の日。

先生のピアソラのコンサートの時に伴奏をしてらしたピアニストさん。
その日以来ファンになった私は、
平日の昼間にピアノ演奏を聴けるこの日を、いつも楽しみにしている。

「歌えます」というコーナーで、
プロのピアニストの伴奏で、素人が歌わせてもらえる。
そのコーナーに2ヶ月に1度だけ、伴奏者として出演しておられる。

午後1時から4時まで、たっぷり3時間。
私はピアノの演奏を聴きに(観に?)出かけていく。

歌いに来ているのはシャンソンを何年も、いや、もっとやってきている方々。
シャンソンの扉を開けてちょうど1年の私など聴いたこともないような曲ばかり。
「歌う」コーナーでは、私は、今日は歌える曲がなく
ただひたすら、拝聴。
後半には、練習中の曲の伴奏をテープにいれていただけるコーナーがある。
その時は、譜面を見ながらでもかまわないし、ずれようが、途中で止まろうが
声は入らないので許容していただける。
「サンフランシスコの6枚の枯葉」
「もしもあなたに逢えずにいたら」
「もう遅すぎる」
の3曲を入れていただいた。
(基本は2曲だけれど、私が歌っていないので)

あこがれのピアニストさんに、
自分の曲の伴奏を入れてもらえるというのも、とてもしあわせ。
毎日毎日、聴いて過ごす(笑)

どういうのかなあ。
音色が違うような気がするのだ。
優しい。
そしてその曲を楽しんでいる。
なかなかうまく説明はできないのだが、
私にとっては、とにかく、とても「いい」響きなのだ。
ピアノを聴いてこんなふうに感じたのは、
このピアニストさんが初めて。
演奏を聴きたいと、通うことも生まれて初めて。
あ、今もそうだが、何に惹かれているのかはよくわからない。
もちろん、音そのものにうっとりする。
でも、鍵盤の上を流れる指先もとても、いい。
演奏そのものを、その場にいて、見て聴いていたい。
そんなふうに感じる。

次は12月。
それまでにしっかり練習をして「歌える」ようになっておきたい。
私がある程度歌えるようになると、伴奏も変わる。
それも楽しみ。


私のしあわせな1日。
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by sararaM | 2007-10-25 22:58 | シャンソン | Comments(0)

ライブ



昨夜、何とか時間がとれそう、と、先生のライブに行ってきた。

私は夜に外出することはめったにない。
だから、先生のライブもなかなか聴く機会がなかった。

心斎橋のシャンソニエ。
初めてのお店。
どこかの邸宅のサロン、というようなつくり。
壁にはシャガール。
壁を背にソファーが並び、大きなセンターテーブルに低いソファ。

私はかなり遅くに行ったので、店内はもういっぱい。
驚いたのは、半数くらいが外国の方。
ブラジルのプロのダンサーの方のグループだそうだ。

先生は、驚くほど厚みのある楽譜ファイルから
日本語でない曲をひょいひょいと選んでいく。

フランス語のシャンソン。
イタリア語のカンツォーネ。
ナポリ語のナポリターナ。
何と呼ぶのか私はわからないのだがポルトガル語にドイツ語。

1部の7曲が次々に披露される。
うち2曲は、ブラジルからの方々が知っている曲だったようで、
歓声が上がり、手拍子が入った。

レッスンでも、先生は惜しげもなく歌ってくださるが、
こういう場所でのプロの歌い手としての歌は、また一味もふた味も違う。
特にカンツォーネなどの圧倒的な声量を必要とする曲は、圧巻。
もともと、クラシックを学び、
オペラのアリアなどを歌っておられたベースがなせる業か、と思う。

2部は日本語のシャンソンが中心。
私が遠路山奥から出てきたというので(笑)
私が発表会で歌った「青空に住もう」と、
苦労して練習していた「黒い鷲」を入れてくださった。

私は、帰宅のタイムリミットが迫っていたが、
2部の選曲は全て聴きたくて、結局、最後まで聴いてしまった。

先生への挨拶もそこそこに、駆けるようにして帰ったが(ホントは走れないけれど)
それでも、晩御飯には間に合わなかった(ゴメン)


これまでに、先生の歌は、
ピアソラのコンサートを聴いたことがあった。
でも、ずっと、シャンソンを聴きたかったのだ。

昨夜はかなり無理をしたが、思い切って行ってよかった、と思った。

心地よい疲れの中、先生の声が響いているまま、眠りについた。
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by sararaM | 2007-10-24 08:05 | シャンソン | Comments(0)

おうちでレッスン


メンバーの1人の自宅に先生を招いての個人レッスン。

発表会前に2度ほど開いたことがあるが、今回は自主的なもの。

グループレッスン以外に個人レッスンを受けたい人がたくさんいるのだが、
カルチャースクールには時間枠がつくれない。
ピアノさえあればどこでもいいよ、という先生が言ってくださるので、
4人くらいが集まって自宅レッスンをすることになった。

駅から不便なところにあるので
車を運転できる人が相談して、駅から送迎。
途中の人は、軽いお昼を買ってくる。

ピアノを専門にやってらしたお嬢さん用のピアノ室で、隣がリビング。
コーヒーや紅茶が並び、なごやかな雰囲気。
教室で、とは、また少し違った練習風景。


私はレッスンには入っていないのだが、聴講に行く。
グループレッスンでの課題曲を個人で指導してもらわれる人の時には
ギャラリーも真剣にメモをして、勉強。

しかし、聴くだけ、というのもなかなか疲れる。


自宅を提供してくれている方には、すごく負担をかけていると思うので
できれば教室の時間枠ができればいいのだけれど。

その時、その時で、できる範囲の練習をするしかない。
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by sararaM | 2007-10-23 07:59 | シャンソン | Comments(4)

次は6月1日


来年のことを言うと鬼が‥ と、言われそうだが、

この前のレッスン後のミーティングで、

第2回の発表会を6月1日と、とりあえず、決めた。


持ち歌も経験もまだあまりない私たちなので

発表会が4月か5月か6月かではずい分違う。

心積もりやそこへ至る計画、そういうものを考えるには、まず発表日の決定。


メンバーの頭の中には、そろそろ意識されてきているようで

すでに4曲ほど候補を挙げて、先生にお伺いを出した人がいて、驚く。

私はまだ何のイメージもなく、歌える曲を増やすことに専念している。

ただ、多くの方々の前で歌う2曲となると、

「自分」から離れた曲は考えられないので

単に歌ってみたいというだけの曲は選びたくなくて、手がかかる(笑)

年に何回も歌う機会があれば、チャレンジなどもできようが、1回きりのたった2曲だもの。


それにつけても、うちのメンバーは、

「レッスン後にミーティング」が定着しすぎて、

大して何もない日でも、レッスン室から出て行くと、誰かがイスを丸くして準備をしている。

いくつかの連絡や確認をして、そのまま昼食へ。

最近はほとんどの人が昼食も共にする。

そして、最後の個人レッスンに入る人は再度レッスンへ戻るのだが、

その時、聴講する人も増えた。

先生のその日のレッスンがすべて終わって、先生方は遅い昼食、私たちはお茶。

この30~40分のお茶の時間にいろいろな「雑談」をする。

やってみたい曲の相談や疑問、そんなものもレッスン中には時間がなくてきけないから。

解散は3時前。

みんな10時前から出てきているので、ほぼ1日、シャンソンに使う。


それだけ、時間を費やせるのは、「楽しい」証拠かもしれない。
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by sararaM | 2007-10-22 08:18 | シャンソン | Comments(0)

もっと歌いたい


1年前には、ピアノを背にマイクを持っただけで
顔から火が出る!口から心臓が飛び出す!というような状態だった私が、
レッスンから帰って
もっと、歌いた~い! と叫んでるなんて、シンジラレナ~イ。

今年はヒルマンさんは「シンジテイマシタ~」とコメントされていたが。

私は月に2回のグループレッスンに月1回の個人レッスンを受けている。
グループレッスンの時には、
内容によって一度も歌えないこともある。
そういう日は、かなり欲求不満。

今日はグループレッスンのあとに個人レッスンがあり
一人で40分の枠をもらっている。
40分まるまる練習したら、ちょっと歌った、という気になるが、
今日は半分くらいを次の曲のKeyの決定とピアノ伴奏の録音に使ってしまった。
練習してきた新しい曲を歌い始めて、
先生の指導が本格的になり始めた頃に、タイムアウト。

先月の曲「サンフランシスコの6枚の枯葉」も、
仕上げとして歌いたかったが、時間がなくてあきらめた。
このまま1ヶ月、指導を受けられない、というのは厳しい。

今日スタートした曲は「愛のために死す」
かなり練習したつもりだが、音程の微妙な変化があって、音がとりにくい。
おたまじゃくしを見ただけで音程がわかる、というような力がない私は、
ピアノの先生が入れてくれる「メロディ付き伴奏」だけが頼り。
ピアノの先生は楽譜通りに弾いてくださるが、
たまに楽譜にミスがあったりすると、
私は誤った音を覚えこんでしまう。
一度覚えこんだ音は、そうそう簡単に変更がきかない。
また練習を重ねるしか、ない。

せめて2週間に1度の個人レッスンを受けられたら、
危なっかしいところの訂正も早くできるし、
試行錯誤している時間も短くてすむのだが。
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by sararaM | 2007-10-19 20:38 | シャンソン | Comments(2)

もしもあなたに逢えずにいたら


この曲は私のレッスン曲ではない。

先日、メンバーの一人が個人レッスンを受けているのを聴講していた時の曲。

以前に別の場所で歌われるのを聞いたことがあるくらい。

でも、とってもいい感じの曲だったので、

勉強のためにと、楽譜をいただき、伴奏を録音してかえってきた。


その日レッスンしていた彼女は、

メンバーの中でもとても正確に歌う人。

リズムも音程も正確で、しかも高くてきれいな声の持ち主。

先生が、逆に、後で崩すのに困るような人。

その人が、曲の出だしからダメ出しを受けた。

リズムが違うと。

楽譜を見ると8分休符や16分休符が言葉の前に全部と言っていいほど入っている。

私も家で練習してみたが8分は取れても16分休符がうまくとれない。

この曲が入っているCDを貸してもらったら、

その歌い手さんは、全部、休符をいれないで歌っておられた‥

多分、彼女はこれを聴いて練習したんだろう。

だから、あんなにみごとに休符がない歌い方になっていたんだと思った。

声楽と違って、シャンソンでは

自分のイメージで音の長さを変えたり音程を変えたりすることがある。

その歌い手さんの個性で歌っている。

場合により、歌詞も変わる。

先生は以前から、フランスのオリジナルの曲は何度聴いてもいいが

日本の歌手の歌はあまり聴かないように、と、言われていた。

くせが、そのままうつってしまうから、と。

怖いものだなあ、と改めて思った。


で、私なのだが、

この曲はなぜか、歌詞がとても覚えにくい。

私はどちらかと言うと歌詞をすぐに覚えてしまう方なのだが (日本語は)

こんなに頭に残ってこないのは珍しい。

歌詞そのものはとてもいいのに。不思議。


と、いうことで、例によって、

キッチンの流し台の前に歌詞カードを貼り付けて、

食事の支度や片付けをしながら、練習している。
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by sararaM | 2007-10-16 12:17 | シャンソン | Comments(2)

スランプ脱出(笑)


片頭痛が何とか落ち着いてきた。

まだ首根っこに痛みがあるし、頭も重い。微熱もある。
でも、何とか動けるとなるとシャンソンの課題が気になってくる。

病み上がりかけの声だけど、とにかく歌って録音してみる。

ところが‥
何とも、ひどい声‥
重く、沈んで、聞くに堪えない‥  ご愁傷様とでもいいたくなるような‥

片頭痛が出る前の日も、イマイチな声だなあ、と思っていたのだが
こんなにひどいとは‥

体調のせいだろうか? 曲との相性なのだろうか?
いろいろ考えて、何度も録りなおしてみる。
できるだけ自分の気持ちを引き立てて、明るく歌ってみる。

それでも、ダメなのだ。

私、もしかして、もとからこんなにヒドイ声だったんだろうか‥ と自問する。
もしかして、自分が気付いていなかっただけで、
こんな声を人に聞かせていたのだろうか‥
これは、ひどすぎる‥
自分でも聴きたくない‥

地の底から湧き出るような声だ。

こんな歌いっぷりではレッスンに出て行けない‥ と思った。
習い始めて、たった1年で挫折するのか‥ おい!
発表会の曲が少しはマシに聴こえたのはなぜなんだろう?
長期間練習したからなのだろうか?
それも、自分が勝手にマシだと思い込んでいただけなんだろうか?

真剣に、悩んだ。
片頭痛がまたぶり返しそうな気さえ、した。

SONYの小さなカセット録音機で、何度も録ったり聴いたりを繰り返す。


ふと‥‥


小さなダイヤルに目が留まる‥‥


何‥ ?   これ‥ ?


細かい字をよくよく読んでみる‥‥


テープスピード‥ ?


何‥ ?  それ‥ ?


え~~~~~~~~~!!!!


くるくる回せば白い基準線が出てきた‥
と、いうことは、勝手に回ってたの、これ????

基準線を真ん中にして、恐る恐る‥ 再生‥


今まで通りの「自分の声」が流れ出した!!!!


普段は使うことがないので意識下になかったのだ。
使っているうちに勝手にダイヤルが回ってしまっていたらしい。
かなりの「スロー再生」になっていたのだ。

ほっとするやら、笑えるやら、馬鹿らしくなるやら‥



とりあえずは、たった1年でシャンソンをやめずにすんだようだ。
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by sararaM | 2007-10-14 18:19 | シャンソン | Comments(3)

続・片頭痛


シャンソンのブログのはずが、片頭痛ばかりになっている‥
が、まあ、ついでだ(笑)

「片頭痛」と聞いても、自分が片頭痛の経験があるか、身内にいるかしないと
ほとんど理解してもらえない。
「頭の片一方が痛むの?」とか「セデス」でもダメなの?」とか言われる。

い~~~~え。 そんな甘いモンじゃありません。

人によりタイプはいろいろのようだが、私の場合は‥

はっきり予兆がある。
医学的には「閃輝暗点」と呼ばれるが、私は「光の輪」と呼んでいる。
ふちが大きくギザギザした4分の3円のひしゃげたような形。
それが、最初は視界の中の1点でチカチカしていて、
だんだん輪を広げてくる。
ギザギザの部分は視界がガラスが割れたように断裂していて、よく見えなくなる。
場合によりその内側も見えにくくなる。
輪はだんだん広がって、視界の外へと消えていく。

片頭痛は脳の血管がギュッと絞まったあと、急激に膨張し、
そのため血管に張り巡らされている神経に強烈な痛みが起こる、というメカニズムらしい。
「光の輪」は、血管が絞まりきるときくらいに視神経に影響があり出てくる、という。
だから、これから強烈な痛みがくるぞ!!!という前触れなのだ。

私の場合は、そこから1時間くらいして痛みが始まる。
片頭痛だと知らず、特効薬も知らなかったときは、それはまさに激烈な痛みだった。
よく、頭がガンガンする、などという言い方をするが、
ガンガンも何もない。
ただひたすらに、痛い。
金槌で頭を叩き割りたいくらいになる。
ひどいときには吐き気を伴う。
光と音に無茶苦茶過敏になるので、
部屋中のカーテンを引き、隙間に目張りをして、真っ暗にする。
そうして目を閉じても、まだ光を感じてつらいのだ。
で、タオルを3重くらいにして、目を覆う。
枕元にボールと水を置き、あとは布団をかぶり耐えるしかない。
一番ひどかった時は、丸4日間、ベッドで動けなかったし、
1週間何も食べられなかった。
そのあと1ヶ月くらい頭痛が尾を引いた。

何とかして痛みを紛らわせたくて、
指圧棒で、頭のあちこちを力任せに押す。
押すと痛いが、その痛みで内側の痛みを紛らわせようということ。
落ち着いてみると、頭のあちこちにたんこぶができている。
そんな状態。

痛みのさなかによく思った。
‥これ、ほんとに片頭痛?まさか、脳の血管が切れてたりしない?‥
片頭痛だとわかっていなければ救急車を呼ぶ。そのくらいの痛みなのだ。


3年ほど前に、自分の頭痛が「片頭痛」だと知り、
その後医者に相談して、特効薬であるトリプタン製剤を処方してもらった。
確かに、効く。
今は、「光の輪」が出たら、速攻服用。
痛みが出始めるまでの1時間ほどの間に、
どうしてもしなければならないことをダダダダーっと片付けて、
部屋のカーテンを引いたり水を用意したりして、
布団に入り、安静。
丸1日くらいは、じっとしている。
それで過ぎ去れば、めっけもの。
それでも痛みは感じるが、飲まないのと比べると天と地ほどの差。


出てくるのは
精神的な緊張が続き、それが解けたとき。
緊張が続きすぎて耐え切れなくなったとき。
そんなときはたいてい、身体的な疲労も伴っているし、肩こりも極限に達している。

気分の持ち方や精神のコントロールで
少しは出現が減るらしい。

気分よくシャンソンを歌って、片頭痛とほどほどの関係になりたいものだ。
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by sararaM | 2007-10-13 15:50 | 日常 | Comments(2)

片頭痛・連荘!



11日、ピークを越したと勝手に思い、夢の話など細々と書いているのがよくなかったのか、
夕方、2発目が出た。

11時間の間をおいてだが、1日に2発は、初めて。
1発目の薬では押さえきれなかった、ということか。

今まで、翌日にでた2連荘は経験があるが、連荘の時は2発目がキツイ。
今回も例に漏れず、
2発目は「光の輪」の広がり具合も速いし、痛みが来るまでの時間も短かったし、
痛みも、強かった。
特効薬を飲んでいて、これだ。
その特効薬は1日に2回が限度。
3回目は飲めない、と思うと、不安の塊。

しかも、1発目の時に少し眠っているので、
ベッドに入っても眠れず、痛みのピークの時間帯にも、
しっかり起きていて、痛みをまともに受け止めることになった。
今回は特に目と目の間の鼻梁のあたりが痛くて、(頭全体はもちろん痛い)
指圧棒で押していたら、
頭痛がマシになった今朝、
鼻梁に打ち身のような痛みが残っていることに気付いた。
かなりの力で、指圧棒で押していたのだ。

昨日12日は、3発目が怖くて丸1日ベッド。
珍しくPCさえ開かなかった。

今のところ、落ち着きつつあるとは思うのだが、
鈍い痛みも残っていて、まだ、不安。


ベッドの中で、痛む頭をかかえていると、ロクなことは考えない。
私は「死」そのものに対しては何もないのだが、
それへ至る過程には大きな不安を感じる。
何といっても「頭」のことなので、
血管が切れて、病院へ運ばれて、
気がついたら管だらけで、気管切開なんかもされていて、
意思も伝えられない状態だったら、どうしよう‥ なんてね。
そういうのは、無茶苦茶「恐怖」。
私の精神そのものがもたないんじゃないかと思う。
つまらないことを考えないようにと、打ち消そうとするのだが、
痛みとともに、また、様々な恐怖が浮かんでくる。
眠れるといいのだが、そんなときに限って、眠れない。

この2日間はけっこうキツかった。


金曜日は、シャンソンの先生のもう1つの教室のレッスンを見てこよう、
なんてオキラクな計画を立てていた。
やっぱり、私に予定は立てられないんだと、少し哀しく思う。


片頭痛とは一生の付き合いになるのだろうが、
せめて1発で、手を打ってくれないかなあ、なんて思う。
片頭痛クンは相談に応じてくれるだろうか?
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by sararaM | 2007-10-13 10:02 | 日常 | Comments(4)