気がつけば1週間


一言の更新もできないまま、1週間。

新しいPCを買ったのが8月半ば。

そこから息子の件があったりして、ずっと放りっぱなし。

今週初めに、やっと気合を入れてデータ移動をする気になった。

あんなことや、こんなことや、実にさまざまなことにひっかかり、

手をとられ、足をとられ‥

今まで動いていたソフトもVISTAでは動いてくれない。

シャンソンの練習に使っているICレコーダも、VISTAは反応しない。

やっとこさ今日になって、録音した伴奏がPCで聴けるようになった。

メールソフトも変わってしまって、まだ要領がわからない。

はぁ~

新しいものにすんなり入れないのは歳のせいか?

だが、PCに詳しい息子の友人たちも、VISTAには手を焼いているらしいから、

まんざら、私だけができないのではなさそうだ。


ああ、はやく普段の作業にもどりたい‥
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by sararaM | 2007-09-29 18:54 | 日常 | Comments(0)

サンフランシスコの6枚の枯葉


8月に参加した「歌えます」で、1人の方が歌っておられるのを聴き、

一度で気に入ってしまった曲だ。

先生に個人レッスンで練習するOKを取り、メロディ伴奏だけで自分で練習していた。

プロの方のCDなどは聴かないまま、今日のレッスン日を迎えた。


恋人から遠く離れた大陸へやってきて、

その街で拾った6枚の枯葉に自分の心を託して届ける、という歌詞。

旅の途中で見たいろんなものをすべて恋人にあげたい。

イルカや鯨、ダイヤや真珠、それに台風の目までも‥

でも、君はここにいない。

こころに切々と迫る曲だと、私は感じた。

今、自分には何もないけれど、6枚の枯葉にこころを託して君に届ける。


私は、こういうのに弱いのだ。

若い頃も、今までも、今も。 たぶん、これからも。

「青い」と、笑われるかもしれないが。


で、先生の前で歌ってみた。

あまりに真剣すぎて怖い感じがすると言われた。

この曲は、もっとメルヘンチックな、少年の思い、というようなかわいらしい感じなのだと。

私が歌うと、もっと年代が上がって感じる、と。

そう、私のイメージは少年の気まぐれやたわごとではない。

真剣な大人の思い、だ。

大人が枯葉に思いを託していけないはずがない。

私は、切々と歌いたい。

それならば、と、先生はそのイメージで指導してくださった。


歌って歌って、あっという間に40分が過ぎる。

仕上げまでたどり着いていない。残念。

真剣勝負の時間はあまりにも速く過ぎる。

続きは来月のお楽しみ。
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by sararaM | 2007-09-22 00:00 | シャンソン | Comments(2)

「火」をつけたもの


追憶36 (ほんとうは追憶7と8の間)

書き忘れていたこと。

35で、
先生からのひとりひとりへ宛てた感想のことを書いていて
あれっ? と、
確認したら書きそびれていたことを見つけた。

実はそれはとても大事なこと。


発表する曲を決め、楽譜を持ち帰ってすぐ、
私の元に重たいメール便が届いた。
先生からだった。

発表曲を練習するに当たって、
その曲について、気をつけること、捉え方、など
便箋にペン書きでびっしりと‥
8人分で、丸1冊の便箋を使い切ってあった。

パラパラとめくってみた私は、
どういえば言いのだろう、
その「熱さ」に、圧倒されてしまったのだ。

曲を決めたレッスンの後、
すぐに書き始めて私のところへ送ってくださったのだろう。
その青いペンの字が詰まった便箋は、
先生の「思い」にあふれていた。

私は何にでも「感動した」というコメントを多用する、
最近の風潮が好きではないのだが、
こればかりは、やはり、感動、だった。

私の胸にも、熱いものが注ぎ込まれたような気がした。

この「熱さ」を、
できるだけ早くメンバーと共有したいと思った。
勉強のために、
全員のものをそれぞれが手元に置いた方がいい、
という先生の言葉で、
私は自分の旧式のプリンターでコピーを始めた。

メール便が届いたのが昼過ぎ。
取次店の締切時間が4時。

私はお昼も食べずに、コピーを繰り返し、
送り状をつくり、準備をした。

うちには、たいていの事務用品はあるのだが、
A4がそのまま入る封筒はそれほど数がない。
そろえたコピーやペンやガムテープや、
その他モロモロを詰め込み、コンビニへ急いだ。
周辺にコンビになどない住宅街なので、
路線バスに乗るか、
バスが来なければ急な坂道を登っていくしかない。
脚を傷めている私は普段は絶対にしないことなのだが、
そんなこともその日は掟破り。

コンビニにたどり着き、封筒を買い、
宅急便の集荷時刻と競争しながら宛名を書いた。

何とか仕上げて、料金を支払って私が店を出る時に、
宅急便の車がコンビニの前に止まった。
ほんとに、滑り込みセーフ。

そうして届けられた先生からの「お手紙」は、
やはり、みんなのこころに火をつけた。

これが、私たちが「熱く」なっていくスタートだったのだ。

果たして、膝は腫れ上がったが、私は満足だった。


書いているつもりでいて、
こんなに大切なことが抜けていたなんてね。
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by sararaM | 2007-09-20 23:50 | 追憶 | Comments(1)

後日談


追憶35

発表会から10日あまり、発表会後の初めてのレッスン。

みんなやわらかな笑みを浮かべて集まっていた。
家族、友人、知人‥ 来ていただいた方々に
「よかったよ」 「あたたかやったね」 「輝いてたよ」 ‥
多くの共感の言葉をいただいたようだ。

「うまいね」 じゃないところが私たち、かも(笑)

みんなで一生懸命にやってきました、
ということが伝わったのなら、それが最高だ。

それぞれ1週間くらいは
余韻の中でふわふわとすごした、という。


その間、先生からひとりひとりに宛てた
今回の感想を書いたお手紙が送られていた。

FAXしようと試みたのだけど、うまくいかないので、
と私のところへメール便で届いた(笑)
それをそれぞれ宛に郵送した。

個々のいいところをしっかり褒めていただいて、
ステージで気持ちよく歌えた満足感とともに、
レッスンを迎えたのだった。


で、そのレッスンなのだが‥

発表会も終わったことだし、まったりと‥  
‥と、いくわけがない(笑)
新しいテキストがまだ届かないので、少し古典をやるわね~
と、示された曲は、何と5曲!!!
シャンソンの古典にはとてもいい曲があるから、勉強になるよ
とおっしゃるのだが‥


私は発表会の最初の挨拶で、この6ヶ月のことを
「‥○○先生に、しごかれ、しごかれ、しごかれ‥ 
 聞くも涙語るも涙‥ 」
と表現したのだが、
今までは「革のムチ」だったのが
「鋼のムチ」になったような‥
「‥あれほどの曲を発表したみなさんたちですから‥」
という「冠」がついて、厳しいこと厳しいこと(笑)

聞いたこともない曲ばかりで
時間がかかる私には、おおごと、だ。


そして帰り際、
先生から手渡されたものは、小ぶりの段ボール箱。
何と、その箱には、発表会の写真がぎっしり詰まっていた!
先生の「応援隊」のお一人の方で、写真が趣味の方が
信じられないほどの枚数を撮っていてくださったようだ。
いつものように、フロントロビーで
輪になって写真の仕分けをしたが、
もう、パラパラ写真ができるくらい、枚数があった。

80歳を越えた方なのだが、
ずっしり重い一眼レフを構えておられたことを思い出した。

発表会のビデオも、この方のご厚意でいただけるそうだ。

自分が歌っている写真は、恥ずかしく照れくさく‥ 
‥でも、うれしい、かな。
わぁわぁ言いながらの作業になった。


さあ、また、スタートだ。
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by sararaM | 2007-09-20 09:17 | 追憶 | Comments(0)

自分の声を聴く


私はテープで聞く自分の声がキライだった。

だから、シャンソンのレッスンで録音して帰っても、あまり聞くことはなかった。

注意されたことはその場でメモしたり、頭に入れたりでしのいでいた。

しかし、発表会というものが目標になったとき、いつまでもそうは言っていられなくなった。

で、自宅練習で自分が歌うのを録って、聴く、ということを始めた。

自分がその「つもり」で歌っているのと、聴いてみるのとでは大違い。

できていないところ、特に伴奏のピアノとの関係を客観的に捉えることができるようになった。

今は、音程やリズムがまだ危うい段階でも、できるだけ録って聴くようにしている。

だって、自分が聞くに堪えないような歌では、お客様に聴いていただけるわけがない。

まず、自分が気持ちよく聴けるように。

それができて初めて、何を伝えたいか、伝わっているか、という

次の段階を考えられるのだと思う。


自分の声による歌をつないでBGMにして、気分よく動けるようになればいいのだけれど。
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by sararaM | 2007-09-19 23:12 | シャンソン | Comments(6)

アダモ「摩天楼」


シャンソン教室の今の課題曲にアダモの「摩天楼」がある。

シャンソンには反戦歌や社会を風刺した曲が数多くある。

何も知らなかった私は、愛や恋を格調高く歌い上げる、

というようなイメージであったのだが、実に様々な内容が歌われている。

「摩天楼」は、アダモがアメリカを風刺して作った曲らしいのだが、

そびえたつ摩天楼に圧倒されながらも、

力だけに任せて摩天楼が戦いを始めたら全てが滅んでしまう、と歌う。

その最後のくだりに、

「どちらかが黄色いから、どちらかが黒かったから、戦った摩天楼の痛ましい物語は‥」

とある。

原文を確かめないままの感想で、乱暴なのだが、

なぜ「白」がいないんだろう、と私は思ってしまう。

「白」を参加させないのは涼しすぎるのではないか?

「白」は特別、というような感覚が、

自覚しないままに感じられる曲がアダモ以外にもたまにある。

古い曲などは時代背景ももちろんあるのだろうが。

私は「ジョリ・シャポー」は、歌えない。

しかし、そのような感覚は「白」に限られたものではなく、

黄色い私たち、いや、私にもどこかに潜んでいるに違いない。

鈍感になってはいけない。周囲に対しても、自分自身に対しても。

‥‥‥‥‥‥‥‥

このような感想を別の日記に書いていたら

あるシャンソン歌手の方が、

お友達のフランス語の堪能なシャンソン歌手の方に原文を直訳してもらってくださった。

驚くほどすざまじい文で、私はびっくりしてしまった。

これは、個人の方の訳なので、著作権は大丈夫だと思い、ここに貼らせていただく。

‥‥‥‥‥‥‥‥

直訳

これはカイン以来の最も暗い話
アメリカ人の記憶に刻まれた

ある日二つの摩天楼はどうして いいのかわからなかった
ある日二つの摩天楼は戦争した
二つのうち一つは黒い肌を持ち
黄色い肌の方はしめだされた
二つとも強情だった
破滅するかもしれない
彼らはへこむほど戦った
死があり栄光があった
最も強い者があり勝利があった
尊く気違いじみた瞬間があった
空に挑戦する瞬間があった
天を仰いで摩天楼は大喜びした
空がひたすら侮辱してることを 知らないで
でも空で真実がベールを脱ぐ時 が来る  
そして星の雨の下で
摩天楼が溺れる時が来る
その時摩天楼は本当小さくなる だろう  
その時摩天楼は自分 たちのウィスキーをはき出す
そして彼らはくずれ落ちるまで たくさん呑んだ
摩天楼は大地をひっかく
それは蜜の味がした
それはアルコールの味ががした
摩天楼は彼らの血をはき
彼らの傲慢さをはき
彼らは歯をギシギシいわせて
彼らの金をはく
彼らの銀(お金)をはく
死人の血を生きている人の血を はき出す
摩天楼は自分自身の身体をはき出し 
摩天楼は酔いつぶれた
その時彼らは栄光の色をのむ
その時彼らは勝利の秘密をのむ
その時彼らはネオンの太陽をのむ
その時彼らは大きく開いた穴をのむ
そして彼らは首をつった

‥‥‥‥‥‥‥‥

とても速いリズムのノリに、私は軽く歌ってしまっていた(練習中だが)

この、原文訳を読んだら、もう、今までの調子では歌えない。

日本語の訳詩は、それだけで、すばらしいもう1つの生命を与えられる時もあると思う。

しかし、その曲をつくった人が、

直接的に何を訴えたかったのかを知っておくことは大切だと、今更ながらに思った。


駆け出しのレッスン生のために、労をとってくださった方、訳してくださった方に

こころから感謝する。
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by sararaM | 2007-09-18 12:18 | シャンソン | Comments(0)

打ち上げ


追憶34

打ち上げの席。

私たちが8人なのに対して、
西宮の生徒さんは12人もいらしてた。

西宮の教室の方々は、
シャンソンを10年以上習っておられる
ベテランの方がほとんど。
今までに何人もの先生に習ってこられたようだ。
始めたばかりの私たちとは、力量も何もかも違うのだろう。
その彼女たちから
0からのスタートで、月二回のグループレッスンで
(西宮は毎週、個人レッスン)
半年やそこいらの準備期間で、
いったいどうやって発表会にこぎつけたのか???
と、ストレートな質問が出た。

私がキッチンタイマー10分の話をすると、
むこうのまとめ役らしい方が
「私たちがいかに恵まれた条件であるかがよくわかりました。
 私たちはそれに甘えていてはいけません。
 がんばりましょう。」
と、締められた。

お互いに刺激しあいながら、
テンションの高いひとときを過ごせた。


ところで、もちろん、
会場を出るときにドレスは脱いでいるわけだが、
メイクは‥‥   落としようがないのだ‥‥

思いっきりのステージメイクに
ごくフツウのカッターシャツに黒いパンツ、という
何とも摩訶不思議な様相の私。

打ち上げまでは、まだ、いい‥
しかし、電車・バスと乗り継いで帰るのだ‥
う・う・う・う‥‥
考えただけで、顔から火が出そうだ‥‥

しかし、ヘンに触ると、
パレット上でかき混ぜたような状態になるのは自明なので
恥ずかしさも、何もかも、かなぐり捨てて、
夜遅く、電車に乗ったのだった。
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by sararaM | 2007-09-18 11:33 | 追憶 | Comments(0)

終わった!!


追憶33

発表会の翌日、私が友人宛に書き送ったメール。
そのままここに。

最初に書いた文だけに、
今までの「追憶」より、熱いかもしれない。

‥‥‥‥‥‥‥‥

 ステージデビュー!

17日、10時過ぎに家に帰り着きました。

夫や息子とひとしきり盛り上がった後、お風呂へ。
入る前に、お化粧落とし用のティッシュで何度も拭いて、
お風呂の中で10回くらい顔を洗ったのですが
アイメイクが落ちきらない。
恐るべし、プロのメイク。
髪は3回、シャンプーしました。

1時を過ぎてお風呂から出てきて、
髪を乾かさねば、と、座布団にうつぶせになってたら
起き上がれずにそのまま。
朝、夫が起き出す気配で目が覚めました。

気分は脱力。
身体は、きっとあちこちに力が入っていたのでしょう、
首から背中、腰、と、板のようです。


今、息子が録ってくれたICレコーダで自分の歌を確かめて、
おいおい、音が微妙にふらふらしてるぞ、
と思ったりしていますが、
ま、いいです。
とりあえず、昨日の本番では、
ほんとに気持ちよく歌わせてもらえました。
それだけで十分です。
いつもの練習のように、
ポイントになるところで、
うまくタイミングが合うかな、とか、
一番上の音がちゃんと出るかな、とか、
そんなことを考えもせず、
全てをバックに委ねて、気持ちのままに歌いました。

一応、発表会の全般を統括していたつもりだったこともあって
発表会そのものにも気持ちを注いでいましたが、
ほんとにスムーズに流れて、
他の人も、お客様が反応に困るようなミスもなく
歌い上げました。
バックに初めてベースとドラムが入ってのリハーサルで
みんなどうしたん!というくらいの出来。
なのに本番はみんなもっとよかった!
今まで練習してきた中で、一番の出来、でした。
2日前のレッスンでは、まだ、固まっていた人が
同じ人か、というようなパフォーマンス。
みんな堂々たるものでした。
途中に狭心症で倒れて、
ここ1ヶ月も熱が下がらず、最後の1週間は
毎日点滴と解熱剤で過ごしていた人も(73歳です)
何ともみごとな歌いっぷり。
この人は、
ステージドレスに「ニトロ」をつけて、参加だったのですが。

私はナレーション席だったので、
歌い手が目の前。
半分は担任のような気持ちで、見つめていました。

本番は、ほんとにあっと言う間。
もう、終わりなん?というほど速く感じられました。

先生に内緒にしてあった、
最後の花束贈呈もとてもうまく行き、
それで私は、ほっと一安心。

予定通りの5時に終了となりました。


私は、普段はお化粧をしないので、
メイク用品を持っていないのです。
で、当日の朝、会場のそばの先生が行きつけの美容室で
アップセットとメイクをしてもらいました。
私はナチュラルにしてほしかったのですが、
一緒に行った先生がメイクさんに、
ステージメイク、と力説するし、つけ睫は置いていくし、で、
あれよあれよという間に
「誰だかわからない状態」になってしまいました。
会場で初めて私を見た人は、
きっと外で会ってもわからないだろうと思います。
できあがってしまった顔は、あとで自分では触りようもなく、
度胸を据えるしかありませんでした(笑)

ドレスも、先生がみんなのドレスアップをチェックして、
トップスを着がえさせたり、
フワフワを首にかけたり、
「ヒカリモノ」を追加したりで、
それぞれゴージャスになりました(笑)

私も最初は、白のドレスの上に
レースのカーディガンをはおっていたのですが
先生に白の羽のケープ?をかけられて、それで行くことに。
化粧だけでも一人目立っているのに、
衣装でも目だって(笑)


終わってから、日航ホテルの地下の竹葉亭で打ち上げ。
先生の西宮の生徒さんたちもたくさん来てくれていて
(私たちより多かった)
その人たちも一緒に、ベースやドラムの方も一緒に、打ち上げ
その頃になってやっと、お腹がすいた気がしました。
私は朝にトーストとコーヒーを入れただけで、
みんながお昼を食べている時は
着替えをしていて、何も食べず。
水分も喉を湿らす程度に30CCくらいお茶を飲んだだけ。
乾杯!のコーラ(私は)の、美味しかったこと。


終わりました。

子どもが学芸会を前にして抱くような、ドキドキやハラハラ。
1つ1つ衣装をそろえていく楽しみ。
本番の緊張感。
ヤッタ!と思う気持ち。
みんなと一緒に、成し遂げた充実感。
そんな純粋なものを、この年齢になって、
また、味わうことが出来ました。
これは、かなりシアワセな体験でした。

周囲の人たちから、
終わって燃え尽きないでね、と言われている私たちですが
気持ちはすでに、次の曲へ飛んでいます。

あれも歌いたい。これも歌ってみたい。
今回、他の人が歌っていた歌にも、
いい曲がたくさんありました。
今度は自分も歌ってみたい。

若葉マークを頭の上につけて、
オジサン、オバサンたちのシアワセは続いていくのです。


頻発していた片頭痛がいつ出るか、とおののき、
ただひたすらに下降していく体調に、
当日の参加も危ぶんでいました。
ナレーション席の台本には、片頭痛の特効薬をはさみ、
バッグの中には、
考えられるだけの薬を詰め込んでいました。
私がダウンした時は、と
別の人に役割を頼んだりもしてありました。
けれど、片頭痛の発作もでることなく、
目が回って倒れることもなく、
私にとっての一大イベントは、無事、終了いたしました。

いろいろご心配いただきありがとうございました。

‥‥‥‥‥‥‥‥

終わったと言う余韻の中で、この文を書いた。

昨日の自分が、現実に信じられないような、
そんなふわふわしたこころもちだった。
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by sararaM | 2007-09-17 18:01 | 追憶 | Comments(0)

終わった!


追憶32

みんな興奮した面持ちでお客様を見送る。

笑顔があふれ、「よかったよ!」の、声が飛ぶ。
カーテンが開けられ、光が差し込む。
がらんとなったライブ会場は、宴の後。


個々にドレスを脱ぎ、片付け、会場を後にする。
すぐそこに見えている日航ホテルへ。打ち上げだ!

先生に何度も何度も言われたこと‥
右見て左見て、前向いて、信号見て、
事故にあわないようにホテルまで行ってね。
発表会、しかも初体験!、のあとは、
みんな舞い上がったままだから
何も見えてないし、感知してないらしい。

御堂筋をわたる時に車とぶつかったらたいへんだから、と。

もう1人の人と一番最後まで残り、会場をチェック。
お店の方にお礼を述べて会場をあとにする。


御堂筋をふらふら歩きながら、
ああ、終わってしまったんだなあ、と。
いや、 「やっちゃった!」 が適切かな?

できたんだ! という驚きと満足感で満たされて、
みんなが待つ、日航ホテルまでの道を歩いたのだった。
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by sararaM | 2007-09-14 07:21 | 追憶 | Comments(0)

ソロライブ


私のネームカードの「一言」には、「めざせソロライブ」と書いてある。

そのソロライブなのだが、先生が「誰かしない?」とのたまう。


私たちの教室はこの10月で、丸1年になる。

中には別の先生に習っていた人やコーラスをやっていた人もいるが、

私は「音楽無関係歴○十年」だったのだ。

正真正銘、音楽というものに触れて1年経っていない。

そんな私は、自分が今「ソロライブ」をするという現実はまだ見えてこない。


先生は、習い始めて1年と少しで「ソロ」をやるのが

1番伸びるし、値打ちがある、と言われる。

発表会でのそれぞれの伸び方を目の当たりにした私は頭ではわかる。

やれば、うまくなる、というか伸びるだろうという気もする。

だが、実感を伴わない。


以前、そんな話が出たとき、

3年か4年先くらいに、何かの記念日に歌えたらいいな、というようなことはふんわりと考えた。

しかし、今、半年先くらいを目指してスタートできるだけのパワーが充填されているか?

というと、はなはだギモンだ。


こういうのは、勢いでエイヤッ!スタートを切れば、何とかなるものだろうとは思う。

そして、やった値打ちはあるだろうとも、思う。

でもなあ、ちょっと、踏ん切りがつかない。
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by sararaM | 2007-09-10 09:46 | シャンソン | Comments(0)