カテゴリ:追憶( 38 )

最後に


追憶38

さっき追憶37を書いていて、
懐かしくなってPCの中のステージの写真を見ていた。
順繰りにめくっていくと、
突然「サ・セ・パリ」の音声が流れ出した。
デジタルカメラの動画で撮ってくれていたものだった。

練習不足でハラハラドキドキでスタートした全員曲。
半年ぶりくらいに見る初ステージは
交代が上手くいかずジタバタ登場し、
明らかに違う歌詞を歌っている人の声が混ざり、
私は力みすぎて情けない声になっている。

あはは。
笑って観るしかない。

でも、その懸命さがいとおしい。

もうすぐ、
「第2回発表会」に向けてのスケジュールがスタートする。
もう、初めての発表会のことばかり懐かしがってはいられない
「追憶」のカテゴリーはこれで最後にしよう。

自分自身も技量も好みも、時の流れで変化してくる。
最初は最初。
ただ1回限りだから、いいのだ。

ここまでお付き合いいただいた方々に感謝、感謝。
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by sararaM | 2007-11-13 10:41 | 追憶 | Comments(0)

反省会


追憶37

発表会が終わって、みんなの気持ちが落ち着いた頃、
反省会をした。

初めてで右も左もわからずに突き進んだ発表会だったから、
次へ向けて、総括をしておかなければ、ということ。

練習の仕方。
チケットの配り方。
チケット代金の扱い方。
今回、先生のポケットマネーがずい分出ていたこと。
ナレーションの扱い。
会計決算。
etc‥

いろんなことに対して、
よかったこと、変えたほうがいいことなど話し合った。

一番大きな話は、次回の担当者について。

今回、私は「連絡係」という名前でスタートしたのだ。
もう1人、「会計係」の人と。

しかし「連絡係」はその役目をはるかに広げて
超何でも屋、になってしまった。
まとめ役だけではなく、企画構成渉外、何でもこい、だった。

この「連絡係」と「会計係」を次の人へ、と言う件は難航した
正直なところ、しんどい役割だ。
時期によっては自分の歌はそっちのけで、
朝から晩まで「働いて」いた。

提案するまでに、いろいろ考えたのだが、
政治家ではないが、「問題先送り」にすることにした。

「連絡係」をほんとうの「連絡」だけの係にする。
日常の「連絡」の窓口になる。
「発表会」の仕事をはずすから、くじ引きにしよう、
という提案だ。
「発表会」については、
スタートするときにみんなで考えようと。

くじ引きにしたのは、希望で手を上げていくと、
「係を引き受けにくい人」が、どんどん後ろへ残されていく。
単純な仕事なのだから、
誰でも、誰とでもできていいはずだと思ったし。

この提案を受け入れてもらって、
私の「連絡係」の役目は終了した。

この反省会、2時間弱かかった。
お昼も食べずにそのまま次のレッスンに入り、
先生に今までずっと反省会をしていた、というと、
「あれほどの発表会をやって、何を反省することがあるの!」
と驚かれた。

でもね、何かイベントをやったあとは、
必ずきちんとした総括が必要。
それがあって、次がスムーズにスタートする、
と、私は思っている。
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by sararaM | 2007-11-13 07:49 | 追憶 | Comments(2)

「火」をつけたもの


追憶36 (ほんとうは追憶7と8の間)

書き忘れていたこと。

35で、
先生からのひとりひとりへ宛てた感想のことを書いていて
あれっ? と、
確認したら書きそびれていたことを見つけた。

実はそれはとても大事なこと。


発表する曲を決め、楽譜を持ち帰ってすぐ、
私の元に重たいメール便が届いた。
先生からだった。

発表曲を練習するに当たって、
その曲について、気をつけること、捉え方、など
便箋にペン書きでびっしりと‥
8人分で、丸1冊の便箋を使い切ってあった。

パラパラとめくってみた私は、
どういえば言いのだろう、
その「熱さ」に、圧倒されてしまったのだ。

曲を決めたレッスンの後、
すぐに書き始めて私のところへ送ってくださったのだろう。
その青いペンの字が詰まった便箋は、
先生の「思い」にあふれていた。

私は何にでも「感動した」というコメントを多用する、
最近の風潮が好きではないのだが、
こればかりは、やはり、感動、だった。

私の胸にも、熱いものが注ぎ込まれたような気がした。

この「熱さ」を、
できるだけ早くメンバーと共有したいと思った。
勉強のために、
全員のものをそれぞれが手元に置いた方がいい、
という先生の言葉で、
私は自分の旧式のプリンターでコピーを始めた。

メール便が届いたのが昼過ぎ。
取次店の締切時間が4時。

私はお昼も食べずに、コピーを繰り返し、
送り状をつくり、準備をした。

うちには、たいていの事務用品はあるのだが、
A4がそのまま入る封筒はそれほど数がない。
そろえたコピーやペンやガムテープや、
その他モロモロを詰め込み、コンビニへ急いだ。
周辺にコンビになどない住宅街なので、
路線バスに乗るか、
バスが来なければ急な坂道を登っていくしかない。
脚を傷めている私は普段は絶対にしないことなのだが、
そんなこともその日は掟破り。

コンビニにたどり着き、封筒を買い、
宅急便の集荷時刻と競争しながら宛名を書いた。

何とか仕上げて、料金を支払って私が店を出る時に、
宅急便の車がコンビニの前に止まった。
ほんとに、滑り込みセーフ。

そうして届けられた先生からの「お手紙」は、
やはり、みんなのこころに火をつけた。

これが、私たちが「熱く」なっていくスタートだったのだ。

果たして、膝は腫れ上がったが、私は満足だった。


書いているつもりでいて、
こんなに大切なことが抜けていたなんてね。
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by sararaM | 2007-09-20 23:50 | 追憶 | Comments(1)

後日談


追憶35

発表会から10日あまり、発表会後の初めてのレッスン。

みんなやわらかな笑みを浮かべて集まっていた。
家族、友人、知人‥ 来ていただいた方々に
「よかったよ」 「あたたかやったね」 「輝いてたよ」 ‥
多くの共感の言葉をいただいたようだ。

「うまいね」 じゃないところが私たち、かも(笑)

みんなで一生懸命にやってきました、
ということが伝わったのなら、それが最高だ。

それぞれ1週間くらいは
余韻の中でふわふわとすごした、という。


その間、先生からひとりひとりに宛てた
今回の感想を書いたお手紙が送られていた。

FAXしようと試みたのだけど、うまくいかないので、
と私のところへメール便で届いた(笑)
それをそれぞれ宛に郵送した。

個々のいいところをしっかり褒めていただいて、
ステージで気持ちよく歌えた満足感とともに、
レッスンを迎えたのだった。


で、そのレッスンなのだが‥

発表会も終わったことだし、まったりと‥  
‥と、いくわけがない(笑)
新しいテキストがまだ届かないので、少し古典をやるわね~
と、示された曲は、何と5曲!!!
シャンソンの古典にはとてもいい曲があるから、勉強になるよ
とおっしゃるのだが‥


私は発表会の最初の挨拶で、この6ヶ月のことを
「‥○○先生に、しごかれ、しごかれ、しごかれ‥ 
 聞くも涙語るも涙‥ 」
と表現したのだが、
今までは「革のムチ」だったのが
「鋼のムチ」になったような‥
「‥あれほどの曲を発表したみなさんたちですから‥」
という「冠」がついて、厳しいこと厳しいこと(笑)

聞いたこともない曲ばかりで
時間がかかる私には、おおごと、だ。


そして帰り際、
先生から手渡されたものは、小ぶりの段ボール箱。
何と、その箱には、発表会の写真がぎっしり詰まっていた!
先生の「応援隊」のお一人の方で、写真が趣味の方が
信じられないほどの枚数を撮っていてくださったようだ。
いつものように、フロントロビーで
輪になって写真の仕分けをしたが、
もう、パラパラ写真ができるくらい、枚数があった。

80歳を越えた方なのだが、
ずっしり重い一眼レフを構えておられたことを思い出した。

発表会のビデオも、この方のご厚意でいただけるそうだ。

自分が歌っている写真は、恥ずかしく照れくさく‥ 
‥でも、うれしい、かな。
わぁわぁ言いながらの作業になった。


さあ、また、スタートだ。
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by sararaM | 2007-09-20 09:17 | 追憶 | Comments(0)

打ち上げ


追憶34

打ち上げの席。

私たちが8人なのに対して、
西宮の生徒さんは12人もいらしてた。

西宮の教室の方々は、
シャンソンを10年以上習っておられる
ベテランの方がほとんど。
今までに何人もの先生に習ってこられたようだ。
始めたばかりの私たちとは、力量も何もかも違うのだろう。
その彼女たちから
0からのスタートで、月二回のグループレッスンで
(西宮は毎週、個人レッスン)
半年やそこいらの準備期間で、
いったいどうやって発表会にこぎつけたのか???
と、ストレートな質問が出た。

私がキッチンタイマー10分の話をすると、
むこうのまとめ役らしい方が
「私たちがいかに恵まれた条件であるかがよくわかりました。
 私たちはそれに甘えていてはいけません。
 がんばりましょう。」
と、締められた。

お互いに刺激しあいながら、
テンションの高いひとときを過ごせた。


ところで、もちろん、
会場を出るときにドレスは脱いでいるわけだが、
メイクは‥‥   落としようがないのだ‥‥

思いっきりのステージメイクに
ごくフツウのカッターシャツに黒いパンツ、という
何とも摩訶不思議な様相の私。

打ち上げまでは、まだ、いい‥
しかし、電車・バスと乗り継いで帰るのだ‥
う・う・う・う‥‥
考えただけで、顔から火が出そうだ‥‥

しかし、ヘンに触ると、
パレット上でかき混ぜたような状態になるのは自明なので
恥ずかしさも、何もかも、かなぐり捨てて、
夜遅く、電車に乗ったのだった。
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by sararaM | 2007-09-18 11:33 | 追憶 | Comments(0)

終わった!!


追憶33

発表会の翌日、私が友人宛に書き送ったメール。
そのままここに。

最初に書いた文だけに、
今までの「追憶」より、熱いかもしれない。

‥‥‥‥‥‥‥‥

 ステージデビュー!

17日、10時過ぎに家に帰り着きました。

夫や息子とひとしきり盛り上がった後、お風呂へ。
入る前に、お化粧落とし用のティッシュで何度も拭いて、
お風呂の中で10回くらい顔を洗ったのですが
アイメイクが落ちきらない。
恐るべし、プロのメイク。
髪は3回、シャンプーしました。

1時を過ぎてお風呂から出てきて、
髪を乾かさねば、と、座布団にうつぶせになってたら
起き上がれずにそのまま。
朝、夫が起き出す気配で目が覚めました。

気分は脱力。
身体は、きっとあちこちに力が入っていたのでしょう、
首から背中、腰、と、板のようです。


今、息子が録ってくれたICレコーダで自分の歌を確かめて、
おいおい、音が微妙にふらふらしてるぞ、
と思ったりしていますが、
ま、いいです。
とりあえず、昨日の本番では、
ほんとに気持ちよく歌わせてもらえました。
それだけで十分です。
いつもの練習のように、
ポイントになるところで、
うまくタイミングが合うかな、とか、
一番上の音がちゃんと出るかな、とか、
そんなことを考えもせず、
全てをバックに委ねて、気持ちのままに歌いました。

一応、発表会の全般を統括していたつもりだったこともあって
発表会そのものにも気持ちを注いでいましたが、
ほんとにスムーズに流れて、
他の人も、お客様が反応に困るようなミスもなく
歌い上げました。
バックに初めてベースとドラムが入ってのリハーサルで
みんなどうしたん!というくらいの出来。
なのに本番はみんなもっとよかった!
今まで練習してきた中で、一番の出来、でした。
2日前のレッスンでは、まだ、固まっていた人が
同じ人か、というようなパフォーマンス。
みんな堂々たるものでした。
途中に狭心症で倒れて、
ここ1ヶ月も熱が下がらず、最後の1週間は
毎日点滴と解熱剤で過ごしていた人も(73歳です)
何ともみごとな歌いっぷり。
この人は、
ステージドレスに「ニトロ」をつけて、参加だったのですが。

私はナレーション席だったので、
歌い手が目の前。
半分は担任のような気持ちで、見つめていました。

本番は、ほんとにあっと言う間。
もう、終わりなん?というほど速く感じられました。

先生に内緒にしてあった、
最後の花束贈呈もとてもうまく行き、
それで私は、ほっと一安心。

予定通りの5時に終了となりました。


私は、普段はお化粧をしないので、
メイク用品を持っていないのです。
で、当日の朝、会場のそばの先生が行きつけの美容室で
アップセットとメイクをしてもらいました。
私はナチュラルにしてほしかったのですが、
一緒に行った先生がメイクさんに、
ステージメイク、と力説するし、つけ睫は置いていくし、で、
あれよあれよという間に
「誰だかわからない状態」になってしまいました。
会場で初めて私を見た人は、
きっと外で会ってもわからないだろうと思います。
できあがってしまった顔は、あとで自分では触りようもなく、
度胸を据えるしかありませんでした(笑)

ドレスも、先生がみんなのドレスアップをチェックして、
トップスを着がえさせたり、
フワフワを首にかけたり、
「ヒカリモノ」を追加したりで、
それぞれゴージャスになりました(笑)

私も最初は、白のドレスの上に
レースのカーディガンをはおっていたのですが
先生に白の羽のケープ?をかけられて、それで行くことに。
化粧だけでも一人目立っているのに、
衣装でも目だって(笑)


終わってから、日航ホテルの地下の竹葉亭で打ち上げ。
先生の西宮の生徒さんたちもたくさん来てくれていて
(私たちより多かった)
その人たちも一緒に、ベースやドラムの方も一緒に、打ち上げ
その頃になってやっと、お腹がすいた気がしました。
私は朝にトーストとコーヒーを入れただけで、
みんながお昼を食べている時は
着替えをしていて、何も食べず。
水分も喉を湿らす程度に30CCくらいお茶を飲んだだけ。
乾杯!のコーラ(私は)の、美味しかったこと。


終わりました。

子どもが学芸会を前にして抱くような、ドキドキやハラハラ。
1つ1つ衣装をそろえていく楽しみ。
本番の緊張感。
ヤッタ!と思う気持ち。
みんなと一緒に、成し遂げた充実感。
そんな純粋なものを、この年齢になって、
また、味わうことが出来ました。
これは、かなりシアワセな体験でした。

周囲の人たちから、
終わって燃え尽きないでね、と言われている私たちですが
気持ちはすでに、次の曲へ飛んでいます。

あれも歌いたい。これも歌ってみたい。
今回、他の人が歌っていた歌にも、
いい曲がたくさんありました。
今度は自分も歌ってみたい。

若葉マークを頭の上につけて、
オジサン、オバサンたちのシアワセは続いていくのです。


頻発していた片頭痛がいつ出るか、とおののき、
ただひたすらに下降していく体調に、
当日の参加も危ぶんでいました。
ナレーション席の台本には、片頭痛の特効薬をはさみ、
バッグの中には、
考えられるだけの薬を詰め込んでいました。
私がダウンした時は、と
別の人に役割を頼んだりもしてありました。
けれど、片頭痛の発作もでることなく、
目が回って倒れることもなく、
私にとっての一大イベントは、無事、終了いたしました。

いろいろご心配いただきありがとうございました。

‥‥‥‥‥‥‥‥

終わったと言う余韻の中で、この文を書いた。

昨日の自分が、現実に信じられないような、
そんなふわふわしたこころもちだった。
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by sararaM | 2007-09-17 18:01 | 追憶 | Comments(0)

終わった!


追憶32

みんな興奮した面持ちでお客様を見送る。

笑顔があふれ、「よかったよ!」の、声が飛ぶ。
カーテンが開けられ、光が差し込む。
がらんとなったライブ会場は、宴の後。


個々にドレスを脱ぎ、片付け、会場を後にする。
すぐそこに見えている日航ホテルへ。打ち上げだ!

先生に何度も何度も言われたこと‥
右見て左見て、前向いて、信号見て、
事故にあわないようにホテルまで行ってね。
発表会、しかも初体験!、のあとは、
みんな舞い上がったままだから
何も見えてないし、感知してないらしい。

御堂筋をわたる時に車とぶつかったらたいへんだから、と。

もう1人の人と一番最後まで残り、会場をチェック。
お店の方にお礼を述べて会場をあとにする。


御堂筋をふらふら歩きながら、
ああ、終わってしまったんだなあ、と。
いや、 「やっちゃった!」 が適切かな?

できたんだ! という驚きと満足感で満たされて、
みんなが待つ、日航ホテルまでの道を歩いたのだった。
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by sararaM | 2007-09-14 07:21 | 追憶 | Comments(0)

本番 2


追憶31

30分の休憩に会場内が明るくなる。

人が動き、その間をドレス姿の私たちがご挨拶に回る。


私はその間に着替え。
白のドレスを脱ぎ、黒に変わる。

後半は3曲目なので、そのまま右袖で控える。
私の前の2曲目は楽しい歌。
で、私の「雪が降る」は、暗く、哀しい。 この落差。


けれど、歌い始めたら、自分の世界。
私が創り上げたイメージに合うように、
セリフも歌詞もすこしだけ変えた。

目の前に、待つ人が来ない世界が広がり、
私は哀しみでいっぱいになる。
この気持ちは、果たして相手に届くのか‥

失望のセリフを語り終えて、後半の歌へ戻ろうと‥ 

  !先生、そこ、音、ちがう!

ピアノの先生の焦りが手に取るように感じられる。
それでも、哀しみは頂点を極め、
失意の中、雪に立ち尽くし‥  終わる‥


いつまでも哀しみの世界にいられない。

会場を大回りして、ナレーション席へ急ぐ。
その時間稼ぎに、バックの紹介をしてくれることになっている。

果たして名前は大丈夫か?!

ナレーション席へ戻った私が見たものは、
左手の指に、大きく書き込まれたアーティストの名前(笑)
カンペに助けられ、無事、終える。


私の次の曲は「永遠の絆」。 
教室で泣いてしまったあの曲。

最初にナレーションを考えたのは、
この曲に、歌う彼女の気持ちを付け加えたかったから。
だから、こんな急ぎの綱渡りをしてでも、私が言いたかった。

そのあともお気に入りのナレーションが続く。

自分の歌が終わっているのだから、
もっとほっとしてもいいはずなのだが、
一番最後に、ヒミツの花束贈呈が残っている。
それがうまく行くまで、私は安心できない。

曲はどんどん進む。

ああ、もうすぐ終わりなんだ。 
こんなに、あっという間なんだ。 と、思ってた。

大トリの「キャバレー」は、リハーサルよりもっとはじけて
みごとに勤めを果たした。


さあ、最後の先生の曲。

ナレーションは初お目見え。
「面白系」の注文の先生は
私のナレーションに満足してくれるだろうか?



先生の声が響くと、「場」が変わる。 
空気もすべて変わる。

「ケ・サラ」 の歌詞がこころにしみこんでくる。

   ケ・サラ ケ・サラ ケ・サラ
   私たちの人生は 階段を手探りで歩くようなもの

曲の間に、来てくださったお客様への挨拶が入る。
その言葉に、私たちの初めての発表会が無事に
終えられたことへの安堵を感じる。
最後は会場に配った歌詞カードで一緒に歌うひとときだ。

   「ケ・サラ」‥ 歌はおまじないのようなもの。
   「ケ・サラ」‥ どうにかなるさ。
   何かにぶつかったとき、口ずさんでみてほしいと。

私たちもステージへ出て行く。
先生がマイクを持って会場へ。
80人ほどの声が、会場に響く。

そして、先生のソロ。
ひときわ、大きな拍手の中、先生は袖へ引いていく。


さあ。 ここからだ。


中央にいる最後の挨拶の担当者が、先生を呼び出す。
メンバーみんなで口々に「せんせ~」と呼ぶ。
左端でマイクを持っている私は、会場にお断りをする。
「これは、先生の台本にはありません」と。
先生が 「えっ?」という顔で戻ってくる。

バックに愛の讃歌が流れる。

「先生に出会って8ヶ月あまり。
 最初に習ったのは、愛の讃歌でした‥
 ‥‥‥‥‥‥‥‥略‥‥‥‥‥‥‥‥
 ‥私たちと、私たちの家族との感謝の気持ちを込めて、
 花束を贈らせてください」
「贈呈は、~~さんのお孫さん、
 ○○ちゃん、お願いしま~す」

白のドレスを着た小学校低学年くらいの可愛い女の子が、
客席の間を縫って進み出てくる。
バックの愛の讃歌がひときわ大きくなって、花束贈呈。

ピアノの先生は泣いてしまって、演奏にならない。


そして、最後の挨拶。

全員で、深く、礼!


バックの演奏が終わるまで、感謝の気持ちを込めて。
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by sararaM | 2007-08-28 22:01 | 追憶 | Comments(4)

本番 1


追憶30

先生の合図。

会場の後ろから控えの右袖まで、場内を進んでいく。
‥会場内はすべて舞台‥ 
先生に何度となく言われた言葉が頭の中で響く。
背筋を伸ばして、堂々と。 
今日は主役。

満席のお客様。 家族の顔が見える。友人の顔が見える。

演奏が流れ出す。 もう、止まれない。


サ・セ・パリはやっぱりジタバタ、した。
けれど、大きな声で、元気よく、にっこりと(笑)

私の挨拶。 
よしっ! 笑いを取った! (大阪では必須(笑))

ナレーション席に着く。


個人の曲が始まる。

リハーサルは今までの中で格段によかった。
ところが、本番だというのに、それより、もっと、いい!
ぎっしり入ったお客様を前にして、
実に気持ちよさそうに歌い上げている。

このメンバーは何なんだ?
本番にこんなに強いのか?

ナレーション席で、私は、苦笑。

実際のところ、リズムがずれたままだったり、
間奏が短すぎたり、というのもあった。
歌詞カードを持ってナレーション席にいる私は、少しドキドキ
だが、当人は、我関せず、と自分の世界。

うしろのピアノの先生と
ベーシスト、ドラムス、との視線が交錯し、
すっと、バックがあわせてくれる。

何事もなかったように、曲は進む。


黒1点の男性は、
海をイメージする軽装からタキシードに着替えることになっていた。

歌の出番からタキシードでの挨拶まで、中3曲。
進行を考えながら、私は会場をチラチラ気にしていた。
袖の控えに入るところに、先生がずっと立ってくれている。
私の視線に気付き両腕で大きな丸。

OKだ。

バックの方々の経歴も含めての紹介。
実に落ち着いて、ゆったりとして、これもよかった。


1部はあっという間に進む。

私はナレーション席を立ち、
テーブルとイスの間をぬって逆側の控えへ。
真紅の大きなバラのコサージュを左の指に絡める。
ケープを脱ぎ捨てる。


私が生まれて初めてステージで歌う曲。
これは私の大切な人のために。

何1つ、よけいなことは考えなかった。
いつもはうまく入れるか気になるサビへのポイントも、
一番高い声の部分も、次の歌詞も。

全てをバックに委ねて、歌った。

ハイテンションと冷静さとが共存した時間。

曲が終わりに近付き、
もう、終わってしまうのか?もっと歌っていたい
と思っていた。


歌い終わって、袖へ引く。

ああ、何て気持ちいい!


本番って、こんなに、ステキなんだ!
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by sararaM | 2007-08-28 17:47 | 追憶 | Comments(0)

リハーサル 2


追憶29

後半のリハーサルはステージ衣装。 イメージが変わる。

歌よりも、途中に入る案内などが危ない。
バックの紹介では、ものの見事に名前を間違った。
しかも、ずっと一緒にやってきたピアノの先生を‥

どうする?! 本番では許されないこと。


大トリの「キャバレー」の彼女は
2日前のレッスンでは、まだ固まっていた。
一度は「娼婦になれません」と、
曲の変更を申し出たこともあった。
周囲が聴いていて、音もリズムもしっかりあっているのに、
本人が ‥これで、いい?‥ と心配そうに歌うから、
それがモロに伝わってしまう。
そんな感じでずっと来ていた。
いつも、できていないところを気にする彼女を
みんなで励ましてきた。

それが、どうだ!
当日になってやっと吹っ切れたのか、吹っ切ったのか。

これから先、
どんなに自信がないようなことを言っても、信じない!(笑)


リハーサルを終えて、
会場オープンまで、最後の外見?の仕上げ。

先生が、
メイクを直したり、衣装のチェックをしたり、してくださる。
先生は、海外旅行か?というようなトランクに、
メイク一式から、山ほどのアクセサリー、
肩にかけるマラボーやトップスまで
実に様々な小物を用意してくださっていた。

「そのネックレス、地味! これ、つけてみて。」
「この歌はこのトップスがあうと思って持ってきたから、
 一度着てみて。」
それぞれに手が加えられて、
ゴージャスに仕上がっていく(笑)

私は白のロングドレスに
レースのカーディガンをはおっていたが
先生に、羽のついたロングケープをかけられて、それで決まり

メイクだけでも一番目立っているのに、
衣装でも思いっきり目立ってしまった。


ナレーション席に台本を配置。
右袖控えに、歌詞カード。
途中で必要になるものを、ボトル棚に配備。


オープンまでにかなり間があるのに、
ちらほらとお客様の姿が見え始めた。

「オープン、10分早めるよ、準備して!」 先生の声。

会場にカーテンが引かれる。
太陽の光が、消える。


さあ、始まりだ。
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by sararaM | 2007-08-28 15:44 | 追憶 | Comments(0)