シャンソンと訳詞


シャンソンを日本語で歌うとき、訳詞の占める割合は大きい。

詞だけを読んで、あまりに美しく紡がれた言葉に
どんな曲なんだろう、聴いてみたい、と思うことがある。

1つの原曲に何通りもの訳詞がつけられていることもあって、
その詞により、曲の趣がかなり変わったりする。
私たち初心者は、基本的には訳詞に忠実に歌うことになっている。
でも、発表会にと選んだ曲で、
どうしてもこの一節だけ自分にしっくり来ない、というようなところが出てくるとき、
先生に言って、自分流の言葉で歌わせてもらったり、する。

初めての発表会で、私はカンツォーネの「青空に住もう」を歌ったが、
日本語で「地の果ての夢の家」という一番盛り上がる部分がある。
恋人を置いて先に逝ってしまうのだが、
空のかなたで終の棲家を見つけてあなたを待っているから‥
という曲だ。

「地の果て」という言葉は、私の持つイメージはかなりマイナス、なのだ。
例えば、誰かに追われ終われて地の果てへ流れ着く、といったように。

空のかなたに、誰にも邪魔されずに二人で住む夢の家。
それはやっぱり、「地の果て」であってほしくはない。

ということで、私は、「空のかなたの夢の家」というように歌わせてもらった。
この前、ライブで、先生が「青空に住もう」を歌ってくださったとき、
訳詞通りで「地の~果て~の」だったので、
本来の訳詞がそうであったことを、思い出したのだった。


困ってしまうのが、よく似た雰囲気で著名な訳詞が2つある場合。

「もう遅すぎる」 高野圭吾さん
「時は過ぎてゆく」 古賀力さん

先生は好きなほうで歌っていいとおっしゃったのだが、
うっかりすると、入り混じる。
しかも、私自身は、お二人の部分部分をとってつなぎ合わせたいと
思っていたりするもので、よけいにこんがらがる。


日本語の訳詞がなくて、直訳だけの曲なら、
自分で勝手に訳詞できるのだけれど。
[PR]

by sararaM | 2007-11-12 13:46 | シャンソン | Comments(2)

Commented by misty at 2009-02-04 11:56 x
ご自分で歌詞も考えられるなんて、sararaさん、すごいですね!
今まで読みすすんできて、sararaさんのシャンソンに対する真摯で前向きな様子がよく伝わってきます。

私は、「見かけによらずまじめで、ちょっとナーバスやね、もうちょっと楽に生きれば?」と言われることも多いのですが、やっぱりくそまじめに額面通りに考えてしまいます。
sararaさんのように、もっと自由に発想できるようになりたいです。
Commented by sararaM at 2009-02-05 00:03
☆ mistyさん
いえいえ。私、とっても頭が固い(笑)
先生にいつも言われてる。
最初に言われたことをやってしまうと、あとで修正がきかないのです。
Keyでも、1つのKeyを練習してきたら
ちょっと上げてみようか?と言われても音が出ない(笑)
「額面通り」ではないけれど「修正」が効かないタイプのようです。