「ヒロシマ」


歌や音楽に興味も関心もなかった私。

お稽古を始めることに、
わけのわからない罪悪感や気恥ずかしさがあった。

そんなときに、
これなら自分として納得して取り組める、と思ったのが、反戦の歌。
自分の気持ちに無理なく、正直にぶつかれる。

歌っているうちに
愛や恋の歌もおどけた歌も、
そういう歌を歌えることが平和と自由の証だと
それぞれの意味を感じるようになった。


細々と続けて8年を越えた今も
反戦の歌は私の大きな柱。

ただ、
歌を知ったころは、まっすぐに歌えた・・
その歌々を唄うとき最近、チリチリとした痛みを感じる。

「私が一番きれいだったとき」
瑞々しい若き女性の頃を戦争で過ごした彼女。
長生きして、いい世の中を謳歌してやる、と言う。
「死んだ男の残したものは」では
戦争は何も残せなかったが
輝く今日、また来る明日、だけはこの手に残っていると歌う。
「先生のオルガン」は
のどかな駅で生徒を引率する教師を見て
空襲で亡くなった、オルガンを弾いてくれた先生を思い出す。

その彼等彼女等は今をどう感じるだろうか。

「ヒロシマ」は
いつか遠くなる 遠くなるヒロシマが と歌う。
ムスタキ
https://www.youtube.com/watch?v=jv6_54y5IFk
(音はとぎれているが、歌詞が入っているので)

多くの(と思いたい)人たちが
不安や焦燥感を持って、今、いる。
けれど8月6日を知らない若者も増えていることは確からしい。

平和登校日のあった地域も今は姿を消すところが多くなった。
平和展の開催会場を探すことが難しくなっているという話も聞く。


力量がなくても歌の体をなしていなくても
やっぱり私は、平和の歌を歌いたい。



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by sararaM | 2015-08-06 11:43 | シャンソン | Comments(4)

Commented by くじびき ・・・ at 2015-08-07 22:51 x
ジョルジュ・ムスタキは好きだったのでLPのアルバムも持ってましたが、引っ越しをした時に処分したような・・・
優しい歌声が何とも言えませんでした。

17歳 が特に好きだったなあ。
https://www.youtube.com/watch?v=0CrhtMeh7R0
Commented by sararaM at 2015-09-07 10:42
☆くじびきさん
何と、1か月あとのリコメになってしまっています。
ご無礼、平にお許しを。

私は、誰の曲、という意識はあまり持っていないのですが
この曲好きだな~と思ったらムスタキ、というのは
よくあります。
昔のフォークソングにつながるイメージかな・・
そんなに構えることなく優しく歌う。

ご紹介の「17歳」は初めて聴いたような気がします。
日本語訳詞で歌っている方、いらっしゃるのでしょうか?
ざっと調べても見つからなかったので、
またじっくり探してみます。
ありがとうございました。
Commented by くじびき ・・・ at 2015-09-08 09:26 x
日本語訳詞で歌っている方 は存知ませんねぇ。
ムスタキの歌声は1974年4月からTBS系テレビ・ドラマ『バラ色の人生』で主題歌として『Ma Solitude』(邦題「私の孤独」)が使用されて知りました。
「17歳」も挿入歌の一つとしてチラッとながれたことがありましてね。
大塚博堂氏・さとう宗幸氏らはムスタキを敬愛していてカバーして歌うことが多かったので、ひょっとしたら歌っているかも知れませんね。
Commented by sararaM at 2015-09-08 17:14
☆くじびきさん
早々にお返事、ありがとうございます。
「私の孤独」は、昨年、発表会用の曲として練習いたしました。いい曲ですね。
大塚博堂は1~2曲しか知りませんが
シャンソンの歌い手さんが
ステージで歌われることもあるようです。

原曲のままで心惹かれる歌もいいですね。
そのドラマの、挿入歌が流れる場面みたいなものも
印象を深くしているのかもしれませんね。