またね


4月だというのに信じられないような冷たい雨。
東京は雪だという。

今日、私の大切な友人が、空に還る。
なのに私は大阪にいる。
体調不良でどこへも行けない自分を、
これほど悲しく、悔しく思ったことは、いまだかつて、ない。

あまりにも急な知らせだった。

彼女は10年にわたる癌との闘病生活で
数えきれないほどの手術を越え、抗がん剤の副作用と闘ってきた。
けれどそれは彼女のメインではなく、
シャンソンを学び、ステージに立ち、
ライブを聴きに行き、
絵を教え、また、描き。
びっしりのスケジュールの中に
手術の日程をもぐりこませる、治療法があれば果敢に立ち向かう、そんな人だった。
いつも笑顔で、人を愛し、思いやりにあふれ、人に愛され、慕われる。
彼女を中心に人の輪は広がり、彼女の友人はつながる。
そうして、私にもどれほどの新たなつながりができたことか。

SNSでの彼女の日々の日記は、
闘病記録であり、歌の記録であり、生きた記録だった。
この何年も、その日記とともに私は彼女とともにあり、
喜んだり、悲しんだり、心配したり、また励まされたり、した。
そこに集う友人たちは
みなそれぞれに離れていても
誰よりも彼女の日々を知り、気持ちを知り、
お互いに分かり合っていたことと思う。

前日、
最後の抗癌剤が効かなくなり緩和ケアへ移行することを
彼女は日記で報告した。
静かな、日記だった。
私たちは彼女の病気の重大性を承知していたが、
まだまだ一緒にいられる時間はあると思っていた。
緩和ケアの宣告は、遠くないいつか、の、彼女との別れを意味し、
その日を覚悟しなければならないのだと、みな、泣いた。

それでも、5月にも6月にも彼女のステージは予定され、
抗癌剤から解き放たれた彼女が
楽になった身体で、気持ちよく歌を歌い、美味しいものを食べられ
穏やかなときを過ごせるのだと、
自分たちの気持ちを切り替えようとしていた。

その翌朝、彼女は突然に、
あまりにも突然に、旅立ってしまった。

短かった今年の桜が舞い散り始めた4月4日。
桜吹雪とともに。


こんなに泣けるのかと思うくらい、泣いた。
残念だとか淋しいとか、そんな言葉では決して、ない、
大きな喪失感。
自分の一部が持って行かれてしまったような感覚。
なのにまだどこかで信じたくない自分がいて。
さまざまな気持ちがないまぜになり、私を占領する。

この文も、毎日書こうとしては、書ききれなくて。

こんな私を彼女が喜ばないことも知っている。
体調が整わない私が
たまに花を見に行けた、歌を歌いに行けた、
そんなことを誰よりも喜んでくれた彼女だった。

だからと言って、今日から頑張りますとは、まだ言えない。
もうちょっと、ごめん。
もうしばらく、泣かせてください。


でも、1つだけ。

彼女が練習しようとしていた「逢い引き」
私が苦手な歌だけど、
あなたを思って、練習します。


またね。

いつか逢う日まで。

少しはうまくなったね、と言ってもらえるように。
ゆっくりでも、練習は続けるから。





・・・・・・・・・・・・・・・・・
[PR]

by sararaM | 2015-04-08 10:51 | 日常 | Comments(2)

Commented at 2015-04-09 00:08 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by sararaM at 2015-04-09 00:27
☆・・・・さん
ありがとうございます。
そちらも覗かせていただいているのですが
コメントの言葉が綴れなくて・・
もう少し、お休みいただきますね。
桜も旅立ちも、みな彼女につながってしまって。