クープレとルフラン 詳解


今年もあと10日ほど。
何の準備もできていないまま、気持ちだけは焦る毎日。
みなさまどうぞお元気で、よい年の瀬をお過ごしください。

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先日の、クープレとルフランなどに関して
シャンソン歌手の岩元ガン子さんが詳細にまとめておられるので、
ご了解を得て、ここに掲載させていただきます。

尚、訂正などがある場合は随時更新と伺っているのでご承知おきください。
アドレスは岩元ガン子さんのブログです。

私にとっては高度すぎる内容ですが、
先日質問してまとめを載せたので、その詳細として。
4回にまとめられた文章を1度に載せることにします。

こころよくご了解いただいた岩元ガン子さん、ありがとうございました。

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歌について・・・その① クープレとルフラン
http://ameblo.jp/chanson-canzone-latin/entry-11964359073.html

シャンソンの特徴的形式の1つとして
クープレ(Couplets)とルフラン(Refrains)で構成する形式がある。


たとえば、「サンジャンの私の恋人 Mon Amant de Saint-Jean」という曲がある。

1番の歌詞だったら、
Je ne sais pouquoi j’allais danser ~ Pour que mon Coeur soit prissonnier
までがクープレ
Comment ne pas perdre la tete,
からあとが、ルフランになる。
山本雅臣さんの歌詞だと「甘い囁きなら」からがルフランとなる。


「クープレ」というのは、物語の展開を語る部分。
ということは、歌い方は、お話しをするように。

また、クープレは時系列を表す。
つまり、1番が最も古く、2番、3番と時代が新しくなる。


「サンジャンの私の恋人」だったら、
1番→男に出会って、恋に落ちた。
2番→付き合ってみたら、彼は口の上手い嘘つきで、私は彼を愛し、全てを捧げた。
<間奏>・・・間奏は時の経過を表すから、
1番2番からちょっと時が経っている事を表している。
3番→結局、幸せを信じていたけど、あの恋は幻想にすぎなかった。馬鹿だった私。


クープレでは、こういう物語が語られている。
オペラで言えば、レチタティーヴォ(朗唱)と言われる部分。客観的な状況を語っている。


そして、
クープレは、Coupleカップルという言葉から連想できるように対句、二行連句になっている。




いっぽう
「ルフラン」では、印象的なメロディを歌い上げる。
オペラで言えば、アリア(詠唱)にあたる部分。
ここでは、主に主人公の心情を歌い上げる。


もっぱら、メロディー重視の部分であり、
ルフランと言うだけあって、くりかえし歌われる。
基本的に毎回同じ歌詞である。


「サンジャンの私の恋人」も、
山本雅臣さんの歌詞だと、1番から3番まで、歌詞が違うが、
原詩では、同じ歌詞が繰り返される。


しかし、毎回同じ歌詞でも、
主人公の心情はクープレが表す時の流れと共に変化しているので、
歌い方も変化させるのがお約束である。

「サンジャンの私の恋人」の場合だったら、
ルフランで、
彼に夢中になって頭がおかしくなってしまったと言っているが、

彼に夢中になって恋に落ちている1番、
彼に夢中になってひどい目にあっている2番、
時を隔てて当時を振り返っている3番では、
歌い方が変わっていかないとおかしいというわけだ。(続く)

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歌について・・・その① クープレとルフラン 補足
http://ameblo.jp/chanson-canzone-latin/entry-11964362908.html

ピエール・サカ著
永瀧達治 監修・訳
「シャンソンフランセーズ」に<ルフラン>のことが書かれています。


<ルフラン>の原則は15世紀に打ち立てられた
<ヴォー・ド・ヴィル>(今のヴォードヴィルの語源)というシャンソンのスタイルからきている。


<ヴォー・ド・ヴィル>とは、
①Val-de-Vire(ノルマンディー地方、ヴィルの渓谷)に住んでいたシャンソニエ集団。
②Voix de Vire(ヴィルという街の声)
③Voix de Ville(街の声)を語源とする。
という3説がある。
いずれにしろ、後に風刺歌、喜歌劇を意味するようになり、
現在では、通俗喜劇、演芸場を意味する。


<ヴォー・ド・ヴィル>スタイルの詩では、
一つの作品の中で2行詩、または4行詩を
繰り返し使うという形式があった。



さて、18世紀の中頃、
印刷技術の発達と共に、
歌が人々に普及していく時に、

歌への将来性を求めて、
ピエール・ロージョンという人が近代的な歌の確立を計った。


つまり、歌の中に、
同じ文句の
非常に単純な繰り返し<ルフラン>を入れながら、
詞の違う、
非常に自由に表現された節を持つという形式だ。
この節を<クープレ Couplet>という。

そして、
クープレも
2行詩、または4行詩で書かれている。
ルフランも
2行詩、または4行詩で書かれている。




民衆に
「歌」を広めるためには

ただ、言葉を並べるだけでは不十分。

そこに
同じ言葉の繰り返し<ルフラン>があると
「歌」は人々の中に浸透していく。


そして
やがて迎えるフランス革命。。。

歌詞の繰り返しが
プロバガンダとなって
人々の心を揺さぶるのだ。。

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歌について・・・その② クープレとヴァース
http://ameblo.jp/chanson-canzone-latin/entry-11964366350.html


さて、では、ジャズなどで歌われるヴァースVerseとクープレはどう違うのか?


Verseというのは、もともと韻文という意味。

「I Got Rhythm」のVerseを見てみよう。

Days can be sunny with never a sigh
Don't need what money can buy
Birds in the trees sing their day full of songs
Why shouldn't we sing along?

確かに韻を踏んでいる。


Verseの役割は、序奏の後、コーラスに入る前の「導入」である。

「これからこんなお話しをさせていただきますよ~」という導入なのだ。


物語の導入の「お話し」部分なので、
イン・テンポで歌わず、
語るようにルバートRubatoで歌われるのが効果的かも。


ルバートとは
19世紀以降生まれた演奏法で、
柔軟にテンポを変えるという意味である。

しかし、もともとは、インテンポで演奏しながら、
音を前取りにしたり、遅らせたりすることをルバートと言っていた。
(テンポ・ルバートって盗まれた時間という意味だそうだ)

以前、フランス歌曲を習った時、
フランス歌曲に、Rubatoはありません。
インテンポで歌って下さい。
と先生に注意された事がある。
そのフランス歌曲は、確かに18世紀の楽曲だった。


では、
クープレとヴァースの大きなちがいは、何だろう?


ヴァースは導入なので、
曲の最初に1回しか出てこない。

でも、
クープレはお話しの展開部分なので、
何回も出てくる。
フランスで発行された楽譜に
Couplets
と複数形で書かれているのは、何度も歌うから。


それじゃ、ヴァースについて考えよう。

たとえば、
映画音楽の「モンマルトルの丘Complainte de la Butte」の最初の部分は、
楽譜には
「レチタティーヴォRecitatif」(フランス語読みだとレシタティーフ)と書かれている。
まさに、これが歌の導入部分Verseであり、1回しか出てこない。

「詩人と名もない娘は一度きりの恋をした。
その後、詩人は娘の耳に届くようにこのような詩を作ったのだ」
と、これから語られるお話を紹介しているのだ。

この「モンマルトルの丘」は
ヴァースとコーラスで構成された楽曲なのである。




さて、ご存知、「枯葉」は、
モンタンも、コラ・ヴォケールも、ジュリエット・グレコも
最初の部分を1度しか歌っていない。


だから、うっかり、「枯葉」の前半も
ヴァースなのかしらん。。。
と思ってしまう。

ところが、プレヴェールは、
最初の部分を、2番まで書いているのだ。


ジャック・プレヴェールの「ことばたち」という著書の付録で、
翻訳の高畑勲氏が
「枯葉」の後半部分を<<ルフラン>>と紹介している。


また楽譜にも、前半部に、Coupletsという表示がないが、
後半部分には、Refrainという表示がある。


シャンソンに詳しい方から
ムルージが「枯葉」のクープレを2回歌っていると教えていただいた。
https://www.youtube.com/watch?v=MGsxoYD-iRQ



つまり、
「枯葉」は、クープレ&ルフラン形式で書かれている楽曲だったわけだ。

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歌について・・・その③ ストローファとリトルネッロ
http://ameblo.jp/chanson-canzone-latin/entry-11964367931.html


長々とクープレとルフラン、ヴァースについて述べてきたが、
ここで、カンツォーネの楽曲を思い浮かべると、
それじゃ、ストローファStrofaとリトルネッロRitornelloの関係は、
クープレとルフランの関係と同じなのだろうか?
と、疑問に思う。


まず、
リトルネッロは、繰り返し演奏される、印象的な詠唱部分のことを言う。
つまり、ルフランと同じ。


たとえば、「愛は限りなくDio,come ti amo!」という曲がある。
音羽たかしさんの訳詞で、
「雲が流れる空を~」という所は、ストローファと記されている。


そして、
「あなただけを(Dio,come ti amo!)~」という所からがリトルネッロである。


リトルネッロは、その名前の通り、繰り返し演奏されるが
とくにカンツォーネのリトルネッロは、美しく、耳に残る。



ややこしいのが、ストローファだ。

これは、ヴァースのように、導入として1回しか出てこないときもあるし、
楽曲の中間部分で1回出てくる時もある。
あるいは、クープレのように何度も出てくるときもある。


Strofaで検索すると、
韻を踏んだ朗唱部分がストローファというようだ。


従って、ストローファも
「お話し」または、「メロディーがついた朗読」といった性格なので、
Rubatoで歌われることも少なくない。


「愛は限りなく」のストローファは、

Nel cielo passano le nubole che vanno verso il mare,
sembrano fazzoletti bianchi che salutano il nostro amore.

まさに「朗唱」といったところだ。



しかし、
クープレとかルフランとか
ストローファとかリトルネッロとか
ヴァースとかコーラスとか

歌の形式を
色々な名前で分類わけしてきたけれど、
結局
人は、好きなものを好きなように作っていく。

あとから形式に当てはめて考えても
それは、
作為的にしかすぎないものである。

結局
良いものは
それがどんな形であろうと
良いのである!!



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by sararaM | 2014-12-21 15:30 | シャンソン | Comments(2)

Commented by くじびき ・・・ at 2014-12-22 00:18 x
素晴らしい  というか  絶句です。
いいね! を 超えてますね。
Commented by sararaM at 2014-12-22 02:00
☆くじびきさん
ありがとうございます。
歌う曲に対して、とても真摯に研究なさる方で
なんでもよくご存知です。
私は、前回、なんとなくざっくり、という程度に理解したのですが
こちらの詳細な解説を読ませていただいて
もう少し理解が深まりました。
ただし、私は音楽に関しては素養がありませんので
難しい部分が多かったです。
それでも、最後におっしゃっておられることが
私のような素人に対しては大きな救いです。